第9話✶石作りの皇子と庫持ちの皇子
たまたま2人同時に屋敷に来たが、1人ずつ相手をすることにした。
最初に、蓮の間で待つ石作りの皇子さまからだ。
仏の御石の鉢を頼んだ皇子だ。
入るなり、あのぐりぐりした目が飛び込んでくる。
「かぐや姫様には、また大人びて一層美しくなられましたな」
舌なめずりでもしそうな顔で私を眺めてから、麗々しく錦の袋に入れ花を飾った鉢を前に出してきた。
中はやはり、古いばかりの煤汚れた黒い鉢だ。
おじいさんは本物を知らないものの、やや怪訝そうな顔でその鉢を見ている。
その感覚は正しい。
「これこそが、姫様が望まれた、仏の御石の鉢でございます。筑紫の果てからはるばる天竺まで海や山やを巡り精魂を尽き果て、血の涙が枯れるほどの思いで探し求めてきました。3年もの労苦を経て今日ようやご持参したのでございます」
いけしゃぁしゃあと宣う図体の大きな男は、さらに嘘の苦労話を話し始めようとした。
「お待ち下さい」
たまらず私はそれを静止し、可哀想な人を見る目で鉢を一瞥する。
「石作りの皇子さまは、仏の御石の鉢がどのようなものかご存知なのですか?」
「と、言いますと…?」
「仏の御石の鉢とは、単なる骨董品ではございません。お釈迦様のお食事の器です。
いくら偽物でも、せめて露の光ぐらいは纏っていそうなものなのに、こんな真っ黒なだけのものをどうして持って来れたのでしょう?
筑紫の果てはおろか、近場の山寺で間に合わせたんじゃないですか」
私は冷たく言い放つと、真っ黒な鉢をつき返した。
勿論偽物である鉢を、それ以上本物だと言い募ることもできない石作りの皇子さまは項垂れ、帰る時に門の所に鉢を打ち捨てた。
その上で、
「雪のように輝く美しい姫の前だから、光が消えてしまったのではないか。私は厚かましくも、鉢を捨ててなお、もしやの望みは捨てません」
と歌をうたった。
毎度のことながら往生際が悪く気持ち悪い男だ。
二度と会いたくない。
弥生に塩を撒くようにお願いし、もう1人の嘘つき男が待つ部屋へ向かった。
「お待たせ致しました」
一応礼をして水仙の間に入る。
水仙の間は庭に面した広い客間だ。舞台は整った。
庫持ちの皇子は、丁寧な所作で飲んでいたお茶を起き、お辞儀をする。
船から降り、そのままの姿でいらっしゃったそうですと案内の者が言った通り、装束や冠帽は汚れ、髪が乱れている。
「なんの。待つ間さえ愛おしい。3年の永きに渡って貴女に焦がれたのだから、今この数刻など問題にはならないよ。
こちらこそ、このように整っていない姿で申し訳なく思う。だが、少しでも早く貴女へこの宝物を届けたかった私の気持ちを汲んで欲しい」
薄い唇が、寒々しい愛を紡ぐ。
そう言って差し出された長櫃には、それはそれは美しく見事な宝木が入っていた。
銀の根、金の茎、白い実がなった、伝説通りの仕様だ。
おじいさんはその豪華さに驚き、目を瞬かせている。
だが私は、ボロボロの服や髪とは裏腹に、全く日焼けていない生白い肌、磨き上げられた爪の先、汗の臭いひとつしない姿を冷静に見つめていた。
「姫が望まれた、蓬莱の玉の枝でございます。
随分な危険と苦労を重ねましたが、例え命を落とそうとも必ず手に入れるという気持ちひとつでここまで参りました。何も手折らずにおめおめと帰ることだけはしまいと、心に決めておりましたから」
その話に感動したおじいさんが、
「かぐや姫や、皇子はお前の望みを一分も違えず叶え、船から自邸にも寄らずにこちらに来られたのだ。
お前さんを想う気持ちは誰よりも深く、人柄も立派でいらっしゃる。
結婚相手とお決めなされ」
と言い出した。
私は頬杖をついて聞こえないふりをする。
「姫、この期に及んでとやかくは言えませんよ」
「さぁ」
皇子までもにじり寄ってきた。
「それにしても、どのような所にこの木はございましたのでしょう。見たことがないほど珍しく美しい枝ですね」
宝木をためつすがめつ眺めていたおじいさんが興味本位で尋ねたので、私も便乗することにした。
「私も皇子さまのお話を聞きとうございます」
何たってここは時間稼ぎが肝心だ。
「そうですね、ぜひ聴いて頂きましょう。
私が出向したのは3年前の冬の日、2月の10日頃でしたでしょうか…
難波の港から船を漕ぎ出せば方角も何も分からぬ心細さに震え、しかし生きてさえいれば蓬莱の山に巡り会えると信じて波のままにたゆたい、鬼に出くわしたり怪物に襲われたり、食い物がなくて貝や島の草を食んで命をつなぐうちに――…」
どんどん紡がれる架空の冒険譚は、もう聞き慣れたものだ。
よくもまぁ口の回ること。
長台詞で有名な某人気ドラマに出られるのではないかと思っていたその時。
庭に6人の男達が現れた。
(待ってました!)
私は心の中でガッツポーズを決める。
多分大丈夫だと思っていても、ちょっとだけ心配だったからだ。
「なんだお前達は??」
慌てる初対面のおじいさんと、明らかに顔見知りの庫持ちの皇子。
男達は、頭を下げておじいさんに書状を渡す。
その書状には、自分達が宮中の道具や細工を作ったり金属を鍛えたりする職人の集まりであり、1000日かけて謹製した見事な宝木のお手当(給金)を頂きたいという内容が書かれていた。
「これを… なぜわしに?」
事態がうまく飲み込めていないおじいさんが聞くと、
「庫持ちの皇子さまに訴えてもお支払い頂けず、このままでは弟子達は食事もまともにとれず家族を養えません。
こちらの宝木は今後奥様になられるそちらのお姫様への贈り物とのことでしたから、ならばそちらから頂戴しようと馳せ参じた次第です」
と答えた。
庫持ちの皇子を見れば顔を真赤にして震えている。
さすがのおじいさんも状況を理解したようだった。
「私も本物かと思っておりましたが、とんでもない出鱈目だったのですね。呆れたこと。そんなもの、返してしまいましょう」
私がそう言えば、
「作らせたものと聞けば、返すことに異論はないですな…」
おじいさんも納得してくれた。
先程の話も全部嘘っぱちだと分かり、落胆したおじいさんが振り返れば、もう皇子は逃げ帰った後だった。
私は美しい細工を褒めてから職人達に宝木を返し、更にたくさんの褒美を持たせた。
ただ、西の道には先程の皇子が待ち構えていて暴力を振るい、しかもこの褒美を奪うから気をつけるように伝える。
東の道から帰ること、もし途中で出くわしたら、この目潰しの粉(卵の殻に煙硝、烏梅、山椒、胡椒、唐辛子、生姜、塩を混ぜて挽いたもの)を投げつけるよう助言した。
職人達は感激して、何度も何度も御礼を言いながら帰っていった。
後日、皆無事に帰れたこと、職人の家に皇子が報復に来たが、目潰しの粉で撃退したことが書かれた手紙が届いた。
庫持ちの皇子はその後、世間から身を隠すように深い山に入って暮らしているらしい。
気の重い2人の襲来を乗り越え、5人の婚約者問題はようやく終息したのだった。
ここまでは、基本原著を訳した竹取物語の通りです。
そろそろこのループ話の本題に入っていきます。