第8話✶燕の子安貝
石上の中納言さまにお願いをしたのは燕の子安貝だった。
かぐや姫が出した無理難題の中で、唯一国内で手に入りそうな宝物だ。
探すのも比較的簡単そうだと思われていた。
だけどこんなに時間がかかったのは、燕が年中いるものでなく、子安貝を探すチャンスが少ないためだ。
去年の同時期も頑張って探したが入手できず、今年こそはと意気込んで奮闘したらしい。
5人の中で1番位が低くお金もなく、この物語で唯一死んでしまう彼のことを、私はずっと気にしていた。
なんなら去年こっそりと、自分のことは諦めて欲しい、このままでは身を滅ぼしますよと忠告の文まで出した。
しかし、男嫌いのかぐや姫から個人的な文が届いたのは自分だけらしい、姫が我が身を心配してくれていると考えた中納言さまは逆に燃え上がり、きっと叶えてみせますと誓ってしまった。
竹取物語で語られる彼の逸話はこうだ。
彼は最初、自宅に燕が巣をかけたら教えるように家来に言い、知らせがあれば巣を漁って貝を探させた。
見つからないので鳥に詳しい者を尋ねると、大炊殿にかかる燕の巣にはあるのではと聞き、そちらの巣も漁らせたが見つからなかった。
熱心な家来の中には、子安貝というものが燕の体内にあることを疑って燕を殺してしまった者もいたが、結局見つからなかった。
しかも、家や神殿の軒下に手が届くよう足場をくまなく組んだために、逆に燕は怖がって巣に寄り付かなくなってしまった。
困り果てた中納言さまが最後に頼った物知りな長老によれば、
「燕が子供を産む時に貝が出てくることがある」
と言う。
しかし、燕が子供を産むタイミングをどうやって知ることができようかと尋ねれば、
「燕が子供を産もうとするときは、尾を上に上げて7回まわり、それから産み落とすようです。それまでは籠に入られて下で待ち、燕が7回まわった時に、綱で貴方様が入った籠を引き上げさせて、子安貝を受け取られたらいかがでしょう」
と提案した。
「それは良いことを聞いた!」
と中納言さまはすぐに足場を崩し、まだ卵を産んでいない燕の巣の近くに籠を吊るした。
そして見張りの者をつかせ、例の兆候があったら呼ぶよう言いつけた。
果たして月の明るいある晩、とうとう燕がくるくる回り始めた。
知らせを受けた中納言さまは籠に飛び乗り、家来にそっと引き上げさせる。
高らかに上がった尾の下に手を差し出し、巣の中を探ると、卵とは違う硬いものが触れた。
「あった!」
しっかと掴み、喜んだのも束の間、籠を吊っていた綱が切れて勢いよく落ちてしまったのだ。
仰向けに伸びてしまった中納言さまだったが、何とか家来に脇を支えられて起き、蝋燭の火に照らしてみると、それは子安貝ではなく燕の古糞だった。
情けなく消沈し、また下半身が動かなくなっていることに気づいた。
様々な治療の甲斐なく、回復は難しかった。
最近では、世間の笑いものになっているという噂を聞き、日増しに弱っていると言う。
最終的に彼は、物語の中で療養の後に命を落とす。
なるべくそうならないようにしたかったが、弥生が町で聞いてきた中納言さまの状況は、やはり歴史に擬え、これまでの生のものと相違ない。
大怪我を負い、自分で動くことが難しいようだ。
だが私にはどうしようもない。
忠告はしたし、他にできることは無かった。
彼を他の題の担当にした所で、自分で頑張って取りに行き、失敗して死んでしまう宿命からは逃れられなかったのだから。
彼にはまた、見舞いの文を書いて弥生に託す。
ほどなくして悲しい返歌が届き、それにはもう返歌は書かなかった。
彼はその後、やはりあの怪我と心の病が元で亡くなられた。
ところで、燕の子安貝について、私は現代の生でかなり調べた。
他の宝物と、何となくジャンルが違う気がしたからだ。
特別な由縁や伝説もなく、綺麗な財宝でもない貝に、どんな価値があったのだろう。
子安貝というネーミングから、多くの文献では安産祈願のお守りとされている。
その貝を両手に握って出産に挑めば苦痛が少なく元気な御子に恵まれると書かれた本もあった。
なぜ燕なのかと深堀りすれば、燕は渡り鳥であり、我々がいる現世と、別世界である『常世の国』とを行き来していて不思議な力を齎す鳥と考えられていたようだ。
また、現実に、燕の巣から貝殻が発見された例はあり、親鳥が子鳥に与えるものではあるようだった。
カルシウム補給のため?と書かれている。
燕は子沢山だし雛に餌を運び、夫婦で協力して甲斐甲斐しく世話をする家庭円満の象徴だ。
驚くことに、番になれなかったシングル燕は、子沢山過ぎて養いきれない夫婦燕を手伝って餌を運んでくるらしい。
だから、燕の子安貝が安産や家庭円満を象徴することは疑いようはない。
だけど、私はかぐや姫に結婚や妊娠願望があったとはとても思えなかった。
5人の公達をけんもほろろにあしらい、月に還る未来が決まっていたかぐや姫は、なんで子安貝なんかを求めたのだろう。
それが気になって、私は燕の子安貝について調べまくっていた。
そんなことが気になったのは、とことん調べたがる瑠珂の影響かもしれない。
彼にこの話をした時も、一緒に考え込んでくれた。
「確かに不思議だねぇ」「興味深い…」と繰り返し言っていた。
何回ループしても有益な情報は無かったが、直近の生で全く違った仮説を見つけた。
私が通う応用化学部には薬理学の授業があり、その生薬の項で教授が漢方薬に触れた時だ。
『本草綱目』という中国の古い百科全書にあたる本が紹介された。
その中で、中国には『石燕』という名前の化石の漢方薬があるという記述を見つけた。
それは爪のような形の化石で、それを挽いて粉末にしたもの吹き込めば、障瞖をたちどころに治してしまう妙薬になると書かれていた。
『治す』と書かれているから、障瞖というのは何らかの病気なのだろう。
更に、この化石には明確に雄雌があったと書かれていて、ただの石や鉱物ではなく、もとは生物が化石になったものと明言されている。
貝には基本的に雄雌がある。
燕が好んで集め、子に与える貝殻が化石になったもの、それが『石燕』だとしたら。
かぐや姫が提示した燕の子安貝が、石燕のことだったら。
調べれば、同じことを考えて、燕の子安貝=石燕と推察した論文がいくつか見つかった。
なんたって字面が燕の石なのだ。
かぐや姫が病気だったという話は聞かないし現に私は元気だ。周りに怪我した人はいるが、病がちだった人はいない。
でも、かぐや姫が安産祈願のために子安貝を求めた説よりは、自らを含めた誰かの病気を治したかった説の方が信憑性が高い。
障瞖という病気についても調べたけど、またしても交通事故で死んでしまい、詳しくは覚えていない。
そう言えばどんな病気だったっけと思い出そうとしても思い出せない。
もしこの生が終わったなら、次の生で調べ直すか…
などと縁起でもないことを考えていたら、またしても弥生が呼びに来た。
「姫様、石作りの皇子さまと、庫持ちの皇子さまがお越しになりました」
とうとう、満を持して現れたらしい嘘つき2人組の料理方法を、私は静かに考えるのだった。