第7話✶龍の首の珠
石作りの皇子や庫持ちの皇子さまが旅立ちの支度(嘘)をしている頃、大伴の大納言さまもまた、かぐや姫に頼まれた宝物のことを調べていた。
彼が与えられたお題は、龍の首にある5色に光る珠の奪取だ。
龍とは、大蛇のような格好で鱗があり、4本の手足、大きな目と鋭い牙を持ち、雲を呼び雨を降らせる神の遣いである。
顎の下にある珠は5色に光り、持つ者の願い事をひとつだけ叶えてくれると言われている。
この龍の生息場所についてだが、南海というざっくりした場所しか伝わっていない。南海は日本では四国、異国では中国、韓国、東南アジア周辺など幅広い海を指す地名な上に、龍そのものが幻の生き物であるために更に探すことが難しい。
とにかく目的地も分からなければ龍の探し方も分からないとあって、大納言一派は今悩んでいた。
竹取物語におけるこの大伴の大納言さまは、かなり強い武人である。
家督や商で財を成したお金持ちタイプでなく、武勲をあげた褒賞で今の地位に上り詰めた努力の人だ。
国を守るお役目もあったので、自分が直接向かうことは難しいと考え、最終的には家来たちに頼むことにした。
「龍の首にある珠を持ってきた者には願い通りの褒美をとらせよう。珠を取って来るまで、この家に戻ってくることは許さない」
家来は怖がったり嫌がったりしていたが、主君の強い希望に抗えず、最終的には海へ向かうことになる。
やや傲慢な大納言さまだが、家にある金目の物や利用できそうなものは全て家来に下げ渡して、不自由や事故がなるべく無いよう手を尽くしてやった。
もともと億万長者ほどの金持ちでなかった大納言家は、そのせいで調度品や装飾品がなくなりガラガラになったけれど彼は構わなかった。
彼は本来情け深く、優しい男なのだ。
彼は精進潔斎し、ひたむきに仕事をしながら家来を待ち続ける。同時にかぐや姫を妻に迎い入れるため、1度荒れた家の建て直しも進めた。
しかし1年経っても誰も家来が帰ってこないので、さすがに不安になって港を尋ねる。
そこで、家来が誰も、海へ出航すらしていないことを知る。
驚き、少し怒りの気持ちが湧いたものの、この国最強の武人である自分が行ったなら、龍を剛弓で射殺し、顎の玉を取るなど容易いというような気になった。
そしてこの1年で貯めた金で船と旅に必要な荷を買い、船長、船員も雇って出航した。
元気一杯出航した大納言船だったが、あっという間に強い嵐に見舞われる。
激しい船酔いと転覆の危機に翻弄され、船長からは
「長年この海域を航行しているが、こんな酷い目に遭ったことはない。これは貴方様が龍を射殺し宝を取ろうとお考えになっている咎ではないか」
と言われる。
「まさかそんな。百戦錬磨の船長がそのような弱気でどうする」
と叱咤するも、益々激しくなる雨に雷まで注ぎ落ち、波は船を巻き取ろうと襲いかかる。
傾き、沈みかかる船にしがみつきながら、船長がとうとう
「ああ、このような主人に仕えたばかりに不本意な死に方をせねばならんようだ」
と泣き出したもので、大納言も考えを改めて神に祈り始める。
「私が浅はかでございました。これ以降は龍の方の毛の一房、一本すら動かし奉ることはありません。
どうかこの怒りをお鎮め下さい」
と願った。涙を流し、座ったり立ったり伏せて祈り続ければようやく嵐は止まり、穏やかな風が4日かけて陸地に吹き寄せてくれた。
明石の浜に上がった大納言さまの目は腫れ上がり、起き上がることもできなかったそうだ。
やっとの思いで屋敷に帰った大納言さまの所に、かつて任務を放棄した家来たちが戻ってきた。
「御主人様の命に背き、龍の珠を取ることができなかったので、おめおめとお屋敷へ帰ることができませんでした。しかし今は、珠を取ることが困難なこととご存知頂いたので、お咎めもないのではと思い、帰参致しました」と申し上げる。
「お前達本当に、無事で良かった。あのような無理難題を我々に申し付けるなど、本当は我々を殺そうとしたのに違わん。また、もしお前達が玉を獲れていたとしても、命令した私は龍に呪い殺されていたかもしれぬ。かぐやとは何と言う悪女だったのだ。
もうあの女を娶ろうとは思わんし、竹屋敷に近づくこともあるまい」
手のひらを返したようにかぐや姫を悪しざまに言い、家来もそーだそーだとこき下ろす。
そしてお互いの無事と健闘を讃え、家に残った財産を皆で分け合ったのだ。
ただ、実はこの大納言さま、かぐや姫を娶るために元々居た妻や子供達を離縁し追い出すという鬼畜の所業をした男だった。
職務を置きざり勝手に国を離れて醜態を晒し、財産も失った大納言のことを、元妻や子供が笑いものにしたことはまた後の話だ。
今世はどうなるかなーと思っていたが、大伴の大納言さまから例年通り、婚約者候補を辞退すると連絡を受けた私は、予定通りと頷いた。
5人と会したあの日から2年と少しが経っていた。
物語は佳境に差し掛かる頃だ。
そんな私の所に、弥生が急いでやってきた。
「姫様、石上の中納言さまがお怪我をなされたそうです」
その報告に、ああ、と少し眉を下げる。
可哀想な中納言さまはやはり怪我を避けられなかった。私のことなど諦めて、健やかに過ごされて下されば良かったのに。
そういえば今は5月。
空に燕の姿が見えた。