第6話✶火鼠の皮衣
右大臣安部の御連さまは、平安の富豪らしいふくよかな男性だ。
実家が貿易業をしていて他国の王族に顔が効く権力者である。気性は温和で柔らかな彼が、意気揚々と居間に座っている。
「本日はどのようなご用向きで来られましたか」
おじいさんが尋ねると、
「勿論、姫様が所望された宝物を手に入れましたのでお持ちした次第です!」
と言う。
「なんと! このように早くとは思いませんでした。かぐやを呼んで参ります」
急いでかぐや呼びに行く。
右大臣安部の御連さまに頼んだのは、火鼠の皮衣だ。
火鼠の皮衣は唐土、つまり中国の越、諸越地方に伝わる秘宝だ。
火山に住む幻獣、火鼠の毛で織った布地で作られた着物で、火の中に入れても燃えず、むしろ汚れがあれば綺麗になるとされている。
それをこんなに短期間に手に入れられるとは。
私は衣をしずしずと擦りながら御連さまの前に進み出て礼をとる。
「お変わりない美しさだ。そなたにお会いできただけでも今日こちらに伺った甲斐があったというもの。
だがせっかく手に入れたこの宝を、ぜひ見て頂きたい」
そう言って差し出した桐の箱の中には、瑠璃のように、見る方向によって色が変わる艶やかな毛織物が入れられている。
多分、タマムシ色ってこんな色だと思う。
末の方は金色に輝いていて、とにかく珍しい毛色の織物だった。
「こっ… これは美しい… 見たことのない色じゃぁ」
おじいさんは腰を抜かさんばかりに驚き、綺麗だ綺麗だと感激している。
つやつやと濡れ羽色に光るその衣は確かに美しい。
美しい、が…
「でも、こちらが本物かどうか分かりませぬ」
冷めた声で私が返す。
困ったおじいさんが、
「これかぐや。 誰も本物を見たことが無いのだから、この素晴らしい宝物が本物に決まっているじゃないか」
と言うことに、安部の御連さまも深く頷く。
どんな悪徳商法だ。
「こちらが本物の火鼠の皮衣なら、火に焚べても燃える筈はございません。
その炉に入れても燃えてしまわなければ信じましょう」
「何と言うことを。安部の御連さまを困らせるものでない。これこそが本物なんだから」
おじいさんが慌てて嗜めるし、御連さまも少し嫌な顔をした。
「こちらは私が唐土の使者に頼んでやっと探してきて貰ったもので、間違いなくかの国の宝物です。
かの国にも実在しないと言われていたものを、一生懸命に探し出してくれたのだ」
そう言う右大臣安部の御連さまは、嘘つきではない。
彼はこの衣を本物だと思っているので、純粋に、自らの真心を疑われたことに腹を立てているのだ。
だけど。
「そうは申されましても、御言葉だけで信じることはできません。こちらが本物だとおっしゃるなら早く火に焚べて見せて下さいな」
私は譲らない。
口元は扇で隠しているが、顰めた眉からわざと不機嫌さを醸し出した。
実はこの御連さま、唐の使者に「いくらかかっても構わないから火鼠の皮衣を持ってきてくれ」と依頼していた。
使者は最初、そんな伝説の宝物、唐土にも無いから金は返すと正直に突っぱねたが、金を上積みされたことで目が眩み、それっぽい毛織物を献上してしまったのだ。
その美しさに本物と疑わない御連さまは勇んでかぐや姫のもとに飛んできたというわけである。
しかも、使者に頼んで手元に届くまでが僅か7日だったことを私は知っている。
伊達に竹取物語のループを無駄遣いしていない。
誰も見たことが無い異国の宝がたった7日で手に入るわけがない。人を疑わない性格は美徳とも言えるが、私は馬鹿は嫌いだ。
また、自分の手を汚さず金で解決しようとする姿勢も好きじゃない。
結婚したら苦労しかしない気がする。
私の頑なな姿勢に折れたおじいさんが、
「かぐやがこう申しておりますので…」
と火を用意しだした。
「えっ」
驚いたのは御連さまだ。
まさかおじいさんが焼いてみる派につくと思わなかったのだろう。
だが、おじいさんは基本的に私に甘い。
しかも燃えさえしなければ一件落着なわけだから、ここで押し問答しているより結論が早いと踏んだのだ。
実に合理的である。
「むむ、ならば仕方あるまい」
渋々ではあったが、2人とも聞かない様子なので御連さまが折れて仕方なく美しい毛織物を火に焚べてみた。
勿論、それは炉の中でメラメラと燃え上がり、炭しか残らなかった。
(ほーら偽物だったじゃないの)
覗き込んで絶句する御連さまの顔は草色になっている。
私はお決まりの句を読んで言葉をかけた。
「跡形もなく燃えると知っていたならば、この皮衣を火には焚べずに見て愛でるだけにしましたのに」
そもそも、火鼠の皮衣は燃やせば雪のように真っ白に光ると言われている。このように黒い煤など出よう筈もない。
そして聞こえるか聞こえないかという声で、
「あな、うれし」
と呟いた。
他力本願のお坊ちゃまなんかお断りだ。
すぐにお帰り頂いた。