第4話✶仏の御石の鉢と、蓬莱の玉の枝
「石作りの皇子さまには、仏の御石の鉢をお願いしたいです」
そう伝えれば、元より大きい目を更にギョロつかせて驚く。
「庫持ちの皇子さまには、東の方にある蓬莱の山に生えている木の枝を一枝折ってきて頂きたいです。
右大臣安部の御連さまには唐土にある火鼠の皮衣を、大伴の大納言さまには龍の首にある5色に光る王を、石上の中納言さまには、燕の子安貝をひとつ取ってきて欲しいのです」
おじいさんもおばあさんも5人の求婚者もこれには驚いた。
「それは随分難しすぎるお願いじゃ。皆この国に無いものばかりではないか」
慌てておじいさんが修正を試みるが、
「いいえ、ちっとも難しくはありません」
と言ってぷいと外を向く。
5人は予想外の塩対応に「そんな無理難題を言うくらい迷惑なら、いっそ家に寄り付かないでくれと言ってくれたら良いのに」とブーブー言っていたらしいが、しかし叶えさえすれば難攻不落の姫を娶れるとあって、それぞれ策を練るのだった。
◇
「では、私は必ず天竺で、姫の所望する物を手に入れて参りましょう!」
翌朝、声高らかに石作りの皇子は出発した。
どの生でも嘘つきで適当な彼が私は苦手だったので、生温い目でそれを見送った。
かぐや姫が石作りの皇子に頼んだ仏の御石の鉢は、天竺にあると言われる宝物だ。
天竺は今で言うインドの位置である。
その鉢はお釈迦様がものを食べる時に使っておられた神聖な器で、それそのものが青く光り、輝きを放つとされている。
大学で習った仏教の逸話によれば、お釈迦様が菩提樹の下に座って悟りを開くことができた時に、東西南北を守る四天王がお祝いにやってきた。そして、仏様に相応しい器として4つの食器を渡そうとするが、お釈迦様は1つで充分だと言い、持ってきていた4つの鉢を魔法?でまとめ、1つの石の鉢にしたそうだ。
お釈迦様はそれを大切に、一生使っていたとされる。
仏具の秘宝である。
かぐや姫達のいる場所は勿論日本であり、天竺へ向かうだけでもかなり難しく、更に幻の仏具を探し出すなんて無理な話である。
ちなみに、日本の歴史における交易は弥生時代からその走りは始まっており、遣隋使・遣唐使なども経て平安時代には入宋貿易が盛んとなっている。
天竺に行く手段があったかどうかは定かではないが、天竺が異国で大変遠いという認識はあったと考えられている。
竹取物語の本文における石作りの皇子は、概ね下記のような話で語られている。
石作りの皇子は、何万里という行程を経て天竺に着いたとしても、どうせ仏の御石の鉢は手に入らないだろうと踏んでいた。
だから、天竺に出発したフリをして引き返し、とりあえずふらふら生活をして過ごした。
そして3年が経ち、そろそろ時かと彼は腰を上げる。
大変な思いをして探していたフリをして、手近な(奈良県の)山寺で見つけた鉢を持参した。
かぐや姫に労ってもらうため、嘘の苦労を綴った歌を贈った。
渡した鉢を見れば、いかにも古そうな、骨董品然とした煤黒い鉢なのだが、本物の仏の御石の鉢は発光する鉢である。露ほどにも光らないこの鉢は偽物だとすぐに分かった。
かぐや姫は勿論見破り、偽物を持ってくるなんてと怒り、すぐに帰れと追い返そうとする。
石作りの皇子は慌てて、「あれ、おかしいなー。さすがの仏の御石の鉢も、貴女の眩しさの前では輝きが搔き消されてしまうのかなー?」などと訳される句を読んだり、「大切なのは物ではなく姫を想う真心だと気付いた…」など言って顰蹙を重ねることになるのだ。
格好悪いし気持ち悪い。
竹取物語のかぐや姫も、これにはあきれて何も返歌しなかったとされている。
しかもその後もしつこく言い寄るのだから始末に終えない。
そんな逸話を思い出しつつ感慨にふける。
さて今世の石作りの皇子も、家来に仏の御石の鉢のことを尋ねてから早々に諦め、3年間のふらふら生活をスタートさせたようだった。
◇
庫持ちの皇子はきつね目のヒョロリとした男で、太っていることが美徳とされるこの時代には珍しい、痩せたお金持ちだ。
彼に頼んだ蓬莱の玉の枝は仙人が住む蓬莱という山に生える木の枝で、銀の根、金の茎、白い珠をつけた宝木とされる。
神主が式事で使う神楽鈴のような様子とサイズ感だと言われ、所在地としては中国の方の島らしい。
石作りの皇子が出発した数日後に、庫持ちの皇子が
「では今から、蓬莱の玉の枝をとりに行って参ります。長くかかるかもしれませんが、待っていて下さいね」
と挨拶に来た。
長旅の用意をした一団が港の方へぞろぞろと移動するのを見送る。
どうせすぐ引き返すくせに、と思いながら。
彼もまた、嘘つきな男だった。
石作りの皇子は行き当たりばったりでバレバレな嘘をつき、計画性がない男だ。
しかし、同じ嘘つきでも庫持ちの皇子は計算高く、犯罪性が高いというか、詐欺師に近い。
5人の候補者の中で私が最も嫌いなのは彼だった。
竹取物語の中で庫持ちの皇子は出航したと見せかけてコッソリ戻り、6人の腕利き職人を集め1000日掛けて贋作を作らせる。
そして1000日後にぼろぼろになってかぐや姫の所に戻り、自分がいかに苦労して旅をし、この枝を手に入れたかという創作の冒険譚をとうとうと語るのだ。
それはもう、小説のように長々と。
あまりの真摯な語りっぷりに、本当かもとかぐや姫や両親が信じかけた所で、賃金未払いに怒れる職人達が支払いを求めて屋敷に訪れ、悪事が露呈することになる。
「本物の蓬莱の玉の枝かと思ったのに嘘つきめ」
と追い払われて終わる話だ。
しかもこの男、悪事を露呈させた職人達を逆恨みし、リンチしボコボコにするのだ。
最悪にも程がある。
私が組み合わせを間違えたために、庫持ちの皇子が仏の御石の鉢や龍の玉の係になったことがあるが、いずれの世界線でも、彼は贋作を作り、悲惨な苦労話を添えて持参する所は変わらなかった。
ちなみに石作りの皇子は何を所望されても代わりの適当な物を見繕ってくる。
今回も後をつけさせて見れば、庫持ちの皇子は港から出航して2日後に、近くの港へ戻ってきたことを確認した。
国内有数の宮道具や宝石細工の職人を引き連れて。
歴史は繰り返す。
彼が改心することは無いのだろう。