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第12話✶月からの交信

夏が終わり秋が来て冬を越え、春に移り変わる。

順調に重ねた文通を振り返ってニヤついていた私の頭の中に、突然誰かの声が響いてきた。


『姫… ――月の姫…』


「うわっ…!?」


頭痛と共に、まるで耳元で鳴るスピーカーのような声が呼びかける。


十五夜月じゅうごやつきの姫…』


マイクの反響のようにキンキンしていて頭が割れそうだ。

誰のこと? と思ったが私だろう。

だって直接頭に語りかけているのだ。

他に聞いている者はいない。


『十五夜月の姫。半年後に貴女を迎えに上がります。

今ひととき俗世で禊を続け、罪をそそぎなさい』


通信が途絶えると同時に声が消えた。

徐々に頭痛も治まり、息も整ってきた。


「 はっ   はっ … ぅ 」


唐突に思い出せば、いつもこうしてむこうから連絡コンタクトがあった。

このタイムリミットの宣告から、かぐや姫は沈み込み、この世を去る準備を始める。



しかし私はこれまで、現代で得た知識と技術をフル動員して運命に抗ってきた。

むざむざ月に連れて行かれてたまるかという気持ちで奮闘した結果はどれも、惨敗だったが。


悩んだ結果、起死回生の一手として女王を毒殺すべく、前世は苦手な化学系の大学に入学してみた。

大王はまだ話が通じそうだったから、女王さえ居なければ何とかなると思ったのだ。

しかし、毒性学が2年次からのカリキュラムだったために、毒の精製方法に至る前に私は死期を迎えた。

私が学べたのは毒物の成り立ちや試験法くらいだ。

女王への盛り方は分からなかった。

万事休すだ。



「うーん…」


畳に大の字に転がり、梁を見つめる。


今世の始まりに目が覚めた時は、もう全て諦めていた。

やれることは全てやったと思ったし、他に思いつく妙案も無い。前世で得るはずだった知識は不十分。

月の使者の念力の前ではどんな工夫も努力も無駄で、女王の無慈悲さを覆す奇策はない。


私はこれからも、この訳が分からない無限ループの中で翻弄され続けるんだと自棄ヤケになっていた。


だけど今は違う。


「 … 瑠珂るか


何もない空間に手を伸ばす。

今世は瑠珂がいる。

いや、今までも居たらしいのだが。

瑠珂も、今日まで私と同じようにループをしてきたのだろう。

つまり、同じ数だけ死んでいるのだ。

瑠珂までループしている原因は分からないが、とにかく何度も死ぬ辛さは私自身がよく知っている。


瑠珂は多分、私…というかかぐや姫の断罪ループに巻き込まれただけだ。

申し訳ないにも程がある。


そう言えば、瑠珂はどのタイミングで死ぬんだろう。

帝のその後は物語に出てこないし、現代の私が死んだ後の彼のことは知る由もない。

私が死んだタイミングで強制的に次世再起動コンティニューリロードだったら最悪だ。


今回こそは事態を打開したい。

月での凄惨な断罪エンドを回避したい。

瑠珂を、絶対に死なせない。



私は伸ばした手をグッと握りこんで起き、瑠珂への手紙を書き始めた。







月からの交信が初めて届いてからは、時々同じような声が頭に響くようになった。

しかもだんだん声が大きくなっている。

まるでカウントダウンのようだ。

春からかぐや姫の元気がなくなっていくのも頷ける。


いつもそうだった筈なのに、初めてのように感じるのは、やはり記憶が所々抜け落ちているからだろう。

私達をこんな目に遭わせている神様か何かは、余程の性悪と思われた。




しかし、幸か不幸か、そうなって初めて、瑠珂と再び会うことができた。

初めて森で再会してから、もうすぐ3年が経とうとしていた。


私が月の住民であることをおじいさんとおばあさん達にカミングアウトし、8月15日に迎えが来ることを話したのだ。

慌て悲しんだ2人は、従来通りに帝に助けを求める。

その作戦会議のために、私達は宮に集まったのだ。


少しずつ気温が上がり始めた、初夏の始めの頃だった。


まだ後宮にも上がらず妃でもない私に会ったり手を貸すことが面白くないのか、例の側仕えの男、頭の中将は相変わらずの目線でこちらを見てくる。


それでも、私は生きて動き、話している瑠珂と久々に会えるのが楽しみで、この日を指折り数えて待っていた。


会議には多くの要人が集められた。

しかし、たくさんの武人や識者と案を出し合い意見を交えても、なかなか良い案は出てこなかった。

出る対策は、どれもこれまでの生で試し、失敗に終わったものばかりだったのだ。

そんなことは知らない皆が、どんな案を出しても、それは無理、あれはダメと否定ばかりする私にうんざりし、嫌気が差しだした、その時。



「少し、姫と2人にさせて貰えないか」


瑠珂がそう言った。


「しかし…」


頭の中将が逡巡する。

月から迎えが来るから助けて欲しいなどと突拍子もない相談事を持ち込んだ得体の知れない女と2人きりにするのは心配なのだろう。


「中将、主上がそう仰せなのだ。

 隣の間に控え、ひとときならば問題はあるまい。

 我らが居ては姫に言いにくいこともあろう」


疲れた顔をした別の側近が口添えをする。

会議は3時間を越え、皆にも休憩が必要だった。

また、彼らは多分この我儘な小娘を帝が諫めるつもりなのだと考えていた。

高慢とはいえ美しい姫を、大勢の前で叱るのはいかがかと思い、自分達を遠ざけるように言ったのだと。

中将は納得がいっていない様子であったが、帝から


「頼む。何かあれば声をかけるから」


と言われて渋々了承し、


「御身、お気をつけられませ」


と言って退席した。


何を気をつけると言うのか。

私が瑠珂に危害を加えるとでも?と少し苛立ったが、そこは笑顔で見送った。



他に誰もいなくなった部屋で、


「輝夜」


と瑠珂が手を広げた。

私は迷わずその胸へ飛び込む。

あの森ではできなかったが、今は誰も見咎めるものはいない。


「瑠珂! 瑠珂…! 」


ぐりぐりと額をすりつけると装束に焚きしめられた香の匂いが鼻をくすぐり、優しく腕に包まれる。


「会いにいけなくて、ごめんね」


実は私は文通の中で何度も瑠珂に、会いたいと伝えていた。だが、瑠珂には瑠珂の事情や仕事があり、今日まで叶わなかったのだ。



決戦の夜が近づくにつれ、今回こそはと思いながら特に新しい策も浮かばず、私は日に日に不安になっていた。

むしろ、怖かったり痛かったりする夢ばかり見て、最近全然眠れない。

その想いが涙となって零れ、瑠珂の胸を濡らす。


「本当にごめんね…」


頭を撫でる彼の優しい声を聞きながら、隣の部屋に聞こえないよう声を殺して泣き続けた。



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