第1話✶18回目の人生の始まり
「おや、これはなんと可愛い。光る不思議な竹があったから割ってみたのだが、まさか中に赤児がいるとは」
その声は聞き覚えがあり、よく知るものだった。
だけど急に視界が開けて眩しくて、私は目を開けられずにいた。やたら光に包まれている。
「これはきっと、子供のいない私達に神様が授けて下さったのだ。おばあさんと大切に育てよう」
ひとりごとのように呟いてそっと指で摘まれ、柔らかく温かいものの上に載せられた。
私はしばらくすると目も慣れてきて、少し瞼を持ち上げる。
「!」
「!」
おじいさんが目を丸くしていた。
この時点で3cmほどしかない私は、彼の掌の上に下ろされている。足とお尻がじんわり温かい。
既視感のありすぎる感覚に、早くも泣きたくなる。
おじいさんは私が怖がらないよう、努めて優しい笑顔を浮かべた。
「こんにちは、私はさかきの造暦という者じゃ。ここは暗くなると寒いし危ないから、うちへおいで」
(はい、よく存じ上げております)
優しく包まれ、そのまま移動を始めた。
私はぼんやりした視界で周りを見渡し、ここが見慣れた竹林であるということを確認する。
おじいさんは落ち葉の中をサクサク進んでいく。
爽やかな新緑に似合わない絶望感が胸を押し潰す。
(またここからかーーーー)
実に18回目の人生が始まった日だった。
◇
「お前は何のために地上に遣わされたか理解しているの」
日本人なら誰もが知ってる、竹取物語の世界に初めて転生した時は驚いたが、シナリオ通り請われるがまま月に還ってみれば、待っていたのは更に予想外の状況だった。
お迎えが来たから還ったのに、全然歓迎されていないのだ。
月の女王に睨みつけられ、冷たい声が響く。
「地上では美姫だの麗しの姫だの持て囃され、幾人もの男を侍らせて良い気になっていたらしいの」
チッと舌打ちをされる。
とんだ言われようだが、身に全く覚えは無い。
何なら無理難題を押し付けて、邪険にしすぎたことが有名なぐらいだ。
「お前ごときの容貌で騒ぎ立てるなど、真、外界の民は目のないことよ。
大方、お前のほうが恥ずかしげもなく色香を撒き散らして誘惑したのであろう。ひっかかった虫も虫だがな」
あまりの言われように絶句していたが、沈黙は是と扱われるようだ。
女王は好き勝手に嫌味を並べ立てる。
「お前は過去に重大な罪を冒し、その罪を雪ぐために下界に行かせたのだ。なのに楽しく暮らしたのでは示しがつかぬ。
…だいたい、貴方が甘いからこんなことになったのですよ」
隣の玉座に座る夫――月の大王をキッと見つめた。
彼は私を地上に迎えに来た一団の中にいたから見覚えがある。
女王は迎えに来ていなかった。
「ん… まぁ、食うに困るようではあまりにも罰が重すぎるからだな、最低限のつもりだった」
大王はしどろもどろだ。
どうやら、私が竹藪でおじいさんに拾われてからずっと、竹を切るたびに大伴小判が出ていたのは大王の計らいによるものだったらしい。
お陰様でおじいさん家はだいぶ裕福になった。
「しかし、年季は晴れて約束の年に戻ってきたのだし、今日からはまた我が姫として城で」
「なりません! まだ何の罰も受けていないではないですか」
前世合わせても下界暮らし経験しかない身としては、こちらの両親のことなど微塵も知らない。
状況からみて罪人の魂を持って生まれたらしい私を、母である女王は嫌悪し、下界へ更迭… もとい島流しにしたらしかった。
「こんな子を生んだなんて一生の恥だわ!」
女王はゴミを見る目で私を一瞥した後、フンと鼻を鳴らした。
「ま、まぁそんなに言うな。 どんな魂であれ、私達の子なのだから。 そうだ、な、――月の姫」
何かを思いついたように大王はこちらを見る。
私を何と読んだのかは聞き取れなかった。
「長きに渡り下界で過ごし、大変なこともあっただろう。 今何か望むことがあれば言ってみなさい」
「まぁ貴方!!この上そんな温情を…!」
「良いじゃないか今日くらい。急にこちらに来て混乱しているはずだし」
怒り狂う女王をどうどうと宥め、早く言えとばかりに目で急かす。
「では…」
私は迷いながら望みを口に出した。
「私を下界に帰して下さい」
「なんですってーーー!!!」
女王が、それはそれは怒り狂って暴れ散らかしたものだから、この日の謁見はお開きとなった。
ここに居てほしくなさそうだから案外すんなり許可されるかと思いきや、月の都 至上主義な女王に下界のほうが良かったととれる発言は地雷だったらしい。
あっと言う間に牢に連れて行かれ突き飛ばされると、看守に反省しろと罵られた。
冷たい床に腰を下ろし、物語のめでたしめでたしなんて嘘ばかりだ何もめでたくないと思った。
羽衣をかければ地球であったことを一切忘れるなんて設定だったけど、バリバリ覚えている。
あれはかぐや姫なりの気遣いだ。
私が地球であったことを忘れて暮らしていることにすれば、おじいさん達が私を心配せずに済むから。
月に還ったかぐや姫がこんなことになっているなんて、世の子供達は誰も知るまい。
夢は夢のまま、おとぎ話である方が幸せなのだと考えながら、それでも疲れた1日だったから、すぐに眠りに吸い込まれた。
2回目の人生だったその時は結局、反省と罰が与え足りないと憤る女王が課した新たな天刑を乗り越えられなくて死んでしまった。
ただ、そこからは平安時代のかぐや姫(偶数生)と現代の天野輝夜(奇数生)とに交互に転生した。
そしてそのどちらに生まれ直しても、呪われているように20歳で死に、また転生してしまうのだ。