「第六十四話」怨嗟
災いの死体を担ぎながら、私は城の門を潜った。
正確にはまだ生きてはいるものの、この出血量ではどの道死ぬのは確実……せめて首を切って楽にしてやりたいが、情けないことに自分の力量ではどうにもできなかった。──故に、私はここに来た。この哀れで、世界を破滅に陥れるであろう女に死を与えるために。
『ご苦労だった、ヴァルクよ』
「はっ」
担いでいた虫の息を地面にそっと寝かしつける。それを見た土人形の表情が分かりやすく歪む、その形は怒りであり、困惑だった。
『力及ばずこれを殺せなかったのは分かる。これは人の身にはどうにもできん代物……故に私達の元へ来たのは正しい判断だ。──だが』
土人形が、私を囲む。流動する殺意が、周囲の魔力を揺らがせていく。
『貴様が抱いているその情けは、駄目だ。お前の目の前で死にかけながらも生き返っているそれは、あの忌まわしき魔女が遺した災いに他ならないのだぞ』
「……仰るとおりです。ですが」
自分でも、こんな気持ちになるのはおかしいと思う。
だが、それでも。
「どうしても、子供を殺すことが正義だとは思えないのです……!」
『──』
殺意が止んでいく。魔力が穏やかになっていき、霧散していき……自分を包囲していたはずの土人形は一体を残して崩れ去った。
『……そうだな』
しばらくの沈黙。後に、赤髪の女を寝かしつけていた床が、泥沼のようにぬかるんでいく。
『その気持ちは、分かるよ』
やけに人間臭い言葉だけを残して、土人形と赤髪の女は消えていった。門へと続く廊下に残されたのは自分だけであり、静けさがむしろ罪悪感を強めていく。
「……」
もしも、あの娘が生まれなければ。
いいやそもそも、大魔法使いマーリンが勝ってさえいれば。
この怨嗟に終止符が、もっと早い段階で打たれていたのではないだろうか。
「……くそっ」
しかし、時すでに遅し。
既に私は、騎士ヴァルクは……この怨嗟の中に取り込まれ、逃れられない所まで来てしまっていた。
不定期でも更新できたらいいなと思っとります