「第六十二話」消失
(グリシャ視点です)
消えた。
アリーシャの魔力の反応が、消えた。
「……え?」
警戒することも、飛行の姿勢を保つことすら忘れ、俺の身体は落ちていく。右往左往、近くの建物の壁肌を削りながら、乱暴に地面に叩きつけられた。隙だらけ、今襲われたらひとたまりもない……しかしそれでも、俺は体を動かすことよりも思考を優先した。
アリーシャの反応が消えた。
唐突に告げられたその事実を、俺は受け入れられずにいた。見間違いなんじゃないか、何かの間違いなんじゃないのか? 何度尋ねても、演算された結果は「消失」と「死亡」の二文字のみ。──そんなわけがないと思いたかった。それでも、それが事実だった・
あれだけ強く、節操のない魔力の流れが突然消え去ったのだ。まるで糸を切った操り人形のように、電池の切れた機械のように……まるではじめからそこにいなかったかのように、突然途絶えたのだ。
導き出される結果はたった一つ。
そんなこと、分かっていた。分かりきっていた。
(何があった? こういう作戦なのか? いや違う、これは完全に反応が無くなっている……じゃあなんだ? そんな、嘘だ……あり得ない)
結論は出ていた。しかし、それを認めたくない自分がいる。
「いたぞ! こっちだ!」
兵士共の声が聞こえてくる。あまりにも多い足音とともにやってくるそれらからは、俺への薄れていく恐怖や怒り……絶対に始末してやるという猛烈な殺意があった。
このまま動かず、ただじっとしていれば俺は殺され……いいや、完膚なきまでに破壊されてしまうだろう。そうなってしまえばもう何もできない。彼女との約束を守ることも、彼女の無事を祈ることも……もしかしたら無事ではないかもしれない彼女を助けに行くことも。
だが、動かない。
あまりにも残酷な真実に、体がどうしても動いてくれなかった。
(くそったれ……)
迫る、徐々に迫ってくる死の恐怖。
壊される、殺される。アリーシャとの約束を守らないまま、俺は死んでしまう。嫌だ、それだけは絶対に嫌だ。
(くそったれ…………!!!!)
そんなものよりも、今は勝手に死にやがったあの野郎への怒りと、それをどうにかできなかった自分への怒りと憎しみでいっぱいいっぱいだった。
脳裏をぐるぐると回り続ける太陽のような笑顔を軽く恨みながら、俺は振り下ろされる罵声と攻撃を睨み続けていた。