「第六十一話」不意打ち
(アリーシャ視点です)
溢れ出る残滓が放物線を描きながら、空に虹を描いていく。そこに反撃も追撃もなく……力なく空に放り出されたシェバルだけがいた。
「はぁ、はぁ……」
不意打ちは成功した。
反撃も防御も許さないまま、あの妙な術式を発動させる隙さえ与えず。
「……勝った」
思わず私は、安堵と達成感からその場に座り込んでしまった。正直上手く行くかどうか分からなかったし、そもそもこんな力押しで無茶苦茶な作戦がまかり通るわけがなかった。──それでも、やるしかなかった。今も尚、囮として頑張ってくれているグリシャに報いるためにも。
それに、あんなメチャクチャな術式を持つような男と真正面から殴り合うわけにもいかなかった。そりゃあ単純な出力で言えば私のほうが上だろう。しかし、それを無効化されたり避けられたりすれば、攻撃の持つ威力なんて無に等しい。それが確実に通じる、意味を成す状態に持っていかなければならなかったのだ。
「……」
空を見ると、先程まで張り巡らされていた結界が消えていくのが目に見えて分かった。術者であるシェバルを倒したことで、魔力の供給が絶たれたのだろう。今ならきっと、この国から簡単に抜け出すことができる。
迎えに行かなければ、グリシャを。
立ち上がる。──次の瞬間、私の腹部から煌めく何かが生えてきた。
「……え?」
いいや。
違う。
「……騎士として、こんなことをするのはどうかと思うが」
これは、私の背中から突き刺された剣だ。
「この国の未来のためならば、私はいくらでも汚れよう」
突き刺さった剣を引き抜かれた直後、抉るような痛みが走る。肉が潰れ、切り裂かれ……鮮血以外にも溢れてはいけないものが溢れ出る。地面に倒れたあとも、意味を為さない呼吸ばかりしていた。
「ぐり、しゃ……!」
手を伸ばす、少しでも遠くへ逃げるために。
だが、すぐに私は意識の底に沈んでいく。暗く冷たく、落ちてしまえばもう戻ってこれないような……そんな、恐ろしくも藻掻くことすら考えられないような場所へ。
それは紛れもない……一人の騎士の、不意打ちだった。