「第六十話」先手必勝
(アリーシャ視点です)
術式を展開する隙も、魔力を集めることすら許さない。──先手必勝。シェバルが何かをする前に、決着をつける。
「だぁぁぁぁ!!!」
「っ!」
やはり近接格闘……単純な身体能力では私のほうが上のようだった。私は魔法による勝負に持ち込まれる前に、連続して攻撃を入れ込み続ける。
右の拳。虹の残滓に描かれる螺旋を、シェバルは歯を食いしばって睨みつけていた。反撃も防御もさせてなるものか、ここで……今ここでこの男を倒し切る!
突き出した右の拳。
それはギリギリのところで身を捻って避けられる。
もう一度突き出す左の拳。
直撃こそ免れたものの、中年の頬を掠った。薄く裂かれた皮膚からは、僅かではあるが血が垂れ出ていた。
防戦一方のシェバルは、体勢を整えられないまま攻撃を受け続けていた。魔力による最低限の防御はおろか、間合いの管理すらままならないような切迫した表情。
いける、と。
私は確信の中で油断の芽を潰しながら、徹底的にシェバルとの距離を詰め続けた。
「くっ……そがっ……!!」
見たところ、あの攻撃を無力化する術式は使われていないようだった。避けるということは技が通じるということ、即ちそれは……このまま殴り続ければ勝てるということ!
「っ、だぁぉああああ!!」
悔し紛れに振るわれた拳。
それを片手で逸らし、懐に潜り込むのは簡単だった。──隙だらけの脇腹が、殴ってくれと言わんばかりに私の眼の前にある。
魔力を、込める。
その一瞬で、僅かな時間で……周囲一帯の魔力を支配する。ひれ伏したそれらを取り込み、拳全体に染み込ませていく……今までで一番、虹の残滓が輝き溢れていた。
「やめ──」
「私は!」
放つ、一撃。
抉り込むような、体重移動をも利用した一撃が突き刺さる。魔力が放たれるその間際……拳を捻ることによりその威力は倍増していた。──人間に向けて放たれる威力では、まず間違いなくなかった。
「アンタみたいには、ならないっ!!」
今まで抑えていた理不尽への怒りを込め、私の一撃はシェバルの脇腹を抉り、潰し……溢れ出る虹とともに殴り飛ばした。