「第五十九話」かくれんぼ
(アリーシャ視点です)
そこには魔力の流れも、あろうことかその欠片すら存在しなかった。あるのは虚空、満たされた魔力の中にある小さな穴……しかしその穴は、人一人入るほどの大きさをしていた。
『いいか? アリーシャ』
ゼファーとの修行を思い出す。懐かしく、厳しく……しかし思い出深い日々の、欠片を。
あの日の修行内容はなんともまぁ子供じみたものだった。魔法も杖も使わない、魔法の勉強もしない……なんとなんと、一日中『かくれんぼ』をしていたのだ。私が見つける側で、ゼファーが隠れる側。
もちろん、私は『どうしてこんなことをするの?』と尋ねた。だって魔法使いの修行なのに、魔法を使わないなんてありえないし……なにより、かくれんぼなんて何の意味があるのかわからない。
『バカモン! これをやるにはれっきとした理由があるんじゃ。いいから黙って30秒数えるんだ、いいか? 日が落ちる前に儂を見つけられればお主の勝ちじゃ』
そう言って、私はゼファーを丸一日探した。そこまで広くもない森の中だったからすぐ見つかる……そう思っていた。──それでも、ゼファーを見つけることはできなかった。
『世の中には、魔力を完全に消すことができる魔法使いもいる』
その日の修行はそれだけで終わったけど、私は布団の中に潜りながらずっとその事を考えていた。どうしてそんなことをするのか、何故そんなことをする必要があるのか……いまいち分からなかったからだ。だって魔力を完全に消してしまえば、襲われた時に即座に対応できない。
だが、今の私になら分かる。
これは、逃げるための……戦いなんて何も考えていない、不意打ちする気マンマンの人間がやることなのだ、と。
「どりゃああああああああああああ!!!!」
「なっ……お前!」
振り返ったその間抜け面に、拳を叩き込む。いとも容易く吹っ飛んでいくその道化に隙を与えず、私は追撃の蹴りを入れ込む。拳、肘、回し蹴り! 民家を突き破りながら、吹き飛んでいく。
「……クソが!」
「こっちの台詞!」
シェバルに防御の暇を与えず、私は地面を蹴った。