「第五十五話」加速
(アリーシャ視点です)
追手の気配も、遠距離からの攻撃も全く無い。
おそらくグリシャが上手くやってくれているのだろう。自分が感知できる範囲内での魔力は殆ど感じられず、ほぼ無人に近かった。
(これなら、集中できる)
索敵範囲を広げる。先程の対峙で既に魔力の流れは覚えた……どんな小細工を使おうが、絶対に見つけてやる。私は走りながら、目視でもシェバルを探した。
周囲への警戒が今のところ杞憂になりかけてはいるものの、私は意識的に油断しないようにしている。何故か? それはどんなに鍛錬を積み重ねた実力者でも天才でも、一時の油断で敗北の泥を啜るということを知っていたからだ。──故に、この状況はチャンスと言える。
あのシェバルという魔法使いは間違いなく強い。少なくとも私が勝てなかったヴァルクを、子供をあしらうように倒してしまったのだから。おまけにあの意味不明な術式……瞬時に消えたり現れたり、相手の攻撃を受けても完全に無力化していた。恐らく痛みなどは感じていないだろうから、身代わりやその類だとは思うのだが……考えても考えても、どうしても辻褄が合わない。
まず間違いなく、あれに正面から勝つのは不可能だろう。少なくともあの術式の仕組みを理解するまでは、まともな打開策を練ることはできない。──そう、相手は今まさに無敵の状態に近い。
だからこそ、そこを利用する。
奴が私を認識する前に、そもそも魔法を使う前に……ありったけを込めた一撃でぶっ飛ばす。気づかれる前に、勝負を終わらせる。──不意打ち。かつて自分の大好きな人を殺した、最低で最悪の卑怯者の戦い方。
以前の私であれば、こんな戦い方は絶対にしなかっただろう。考えなしにぶっつけ本番の勝負に挑んで、当たり前に殺される。そう、今までの私ならば。
(もう、私だけの問題じゃないんだ)
ゼファーは、怒るだろうか? 正々堂々と挑まないことを未熟だと、虫酸が走ると。魔法使いとしてありえないとか、失望したとか、そういう散々なことを言いながら怒るだろうか?
だったら、それでいい。
もう一度いっぱい叱られて、拳骨を食らって……一緒にごはんを食べた後に、また一緒に暮らせるのなら。──私は、なんだってしてやる。
(こんなところで、捕まってたまるもんですか!)
より一層加速する。一刻も早く、望む未来に手を伸ばすために。




