「第四十七話」孤影
(シェバル視点です)
不意打ちとはいえ、魔力の籠もった一撃を顎に受けた。顎が揺れれば脳も揺れる……鈍くなった平衡感覚のおかげで、俺はその場に尻もちをついた。尖った瓦礫がケツに刺さり、じんわりと鈍い痛みがゆっくりと広がっていく。斬られるわけでも、刺されるわけでもない……俺が一番嫌いな、打撃による痛み。
(まぁ、ぶん殴られるよかマシだけどな)
一瞬、痛くなった気がしたので頬を擦る。当然そこに痛みはない。俺があいつに殴られたのは、封印されていた期間も含めれば何十年も前の話なのだから。──少なくとも、身体への痛みや傷は完全に消え去っている。
「……っと」
段々、段々と起き上がれるぐらいには回復してきた。壁伝いに身を起こし、ゆっくりと立ち上がる。まだ多少の揺れを感じるものの、これならすぐに治りそうだ。
「ったく、服が汚れちまったじゃねぇか。まぁまぁ気に入ってたんだけどなぁ……ま、俺のじゃねぇけど」
服についた砂埃を手で払う。自分が汚いのはいいのだが、自分を着飾る服が汚いのはなんとも気分が悪い。
さて、これからどうするか。
放っておけばアリーシャは殺されるだろう。恐らくこの王国は、彼らが誇る魔法騎士の面子を守るために総力を以て彼女を殺しにかかるだろう。そこで寝転がっているヴァルクとかいう騎士ばかりな訳では無いが、それにしたって不味い。ある程度の実力を持った人間が、圧倒的な人数差で押し潰してくる……これに勝る脅威はない。
そうなれば、選択肢は一つだ。
(とっととあいつを掻っ攫って、逃げる)
魔法騎士との戦闘を避け、傷一つない状態でアリーシャを捕獲する……まぁなんとも、無理難題だ。──それでも、やらなければならない。
「悪いな、先生」
沈んでいく太陽、広がっていく影。
「やっぱ俺は、アンタみたいに冷酷な英雄にはなれねぇよ」
その中に沈んでいく、俺の体。夜に、黒く濃くなる影の中に溶け込み沈んでいく、俺の体。
裏切りだということも、恩を仇で返すことも分かっている。この選択がどんな未来を招き入れるのかも、重々承知している。
だからこそ、俺は。
大半が仕方ないと割り切るはずの、ちっぽけな犠牲を認めたくなかった。




