「第四十四話」闇の魔法使い
(アリーシャ視点です)
「そりゃあ、ねぇだろ」
見覚えのある、ありすぎる服装のおかしい男は、その身で刃を受け止めながら……血の一滴も流すこと無く不敵に笑っていた。身体の奥深くにまで刃が突き刺さっているにも拘わらず、いたがることも苦しむこともなく……ただ、楽しそうに。
「──くっ、化け物め!」
ヴァルクはその異常事態に困惑し、戸惑いながらも追撃を行おうと剣を引き抜く。この時も血は流れず、まるでそこにいるように見えて実はいないような……そんな違和感が、彼の肉体には在るような気がした。
「死ねぇい!」
「──へへっ」
直後、消える。
そこにいたはずのあの男が、まるで初めからそこにいなかったかのように消え去ったのだ。
「どこだ!?」
ヴァルクは誰が見ても分かるほどに焦っていた。額から嫌な汗を流し、右へ左へ右往左往……私との戦いで消耗しているのか、息が上がっているようにも見える。──そんな彼の影、地面にへばりついたそれから手が出てきたのを、私は見逃さなかった。
「しまっ──」
言い終わる前に、手はヴァルクの足を掴む。そのまま彼の身体は、あろうことか彼自身の影の中に引きずり込まれていく……あれは、魔法なのだろうか? いいや、それにしてはあまりにも……あまりにも禍々しい。
「っ……舐めるなっ!」
自分を掴む手に向かって、ヴァルクは直接魔力を流し込む。赤い電撃が迸り、手が足から離れる。──だが、直後に彼は片膝を着いた。あろうことか、自らの雷に身を焼かれながら。
「──かはっ」
「おいおい、自分で自分に攻撃するとか……どういう考えなんだ?」
するとまた別の影から、あの男が現れる。一切の傷も、苦しげな様子もなく……ただ、ヴァルクの目の前で余裕そうに立っていた。丁度、先程の私とヴァルクのような構図で。
「……この禍々しい魔法、影の中を移動する不可解な術式。そうか、お前は脱走した──」
「じゃあな、サンドバック騎士」
男はそう言って、彼の身体ではなく影を踏みつけた。その瞬間、ヴァルクは片膝を着いた状態から、呻き声を上げながら倒れてしまった。口から泡を吹き、完全に意識を失ってしまっていた。
私とグリシャは、その異常な様子に目を疑っていた。二人がかりであそこまでの苦戦を強いられ、骨を折っても次の瞬間には回復していたような相手が……まさか、あんな雑な一撃で倒せてしまうものなのだろうか? 疑問と、有り得ざる最悪の可能性に、私達は戦慄する。
「んじゃ、邪魔者もいなくなったことだし……自己紹介といこうじゃねぇか」
男は、倒れたヴァルクの上に容赦なく座り込み、不敵に笑いながらこう名乗った。
「俺はシェバル。大魔法使いマーリン直属の配下……闇の魔法使いだ」
あれだけ間抜けに見えていた笑顔が、恐ろしいものを含み抱えているのでは……私は震える体を擦ることもできないまま、そう思った。




