「第四十三話」悲痛なる叫び
てっきり私は、このまま最後に言い残すことはなにか……とでも聞かれるのかと思っていた。しかし事実、私はこの男に尋ねられた。──取り引きをしないか? と。
「……取り引き?」
「ああ、取り引きだ」
朦朧とした意識の中、私は心の中で舌打ちをした。こんな満身創痍の私にでさえ、この男は一切の油断も見せない。ただ剣から手を離さず、あらゆる不意打ちに対しての警戒を怠ってはいない。──生き残るための選択肢は、どうやら一つだけのようだ。
「私が提案できる君へのメリットは、主に三つある」
あくまで自分が上の立場であることを、ヴァルクは主張するつもりらしい。
「一つ。君の安全は、私が責任を持って保証しよう。こう見えても私はこの国では顔が利く存在でね、ある程度のわがままは聞いてもらえる立場なんだ」
怒りで我を忘れそうになるが、それでもまだ体が動かない。興奮で忘れていた疲労や痛みが、徐々に……それでいて確実に私の体を蝕みつつあった。
「二つ。私は、君に職を与えることができる。君の体術や魔法技能は素晴らしい……私の部下として修行を重ねれば、やがて君は騎士団長にもなれるだろう。そうなれば、君は一生いい暮らしができる」
もう、話を聞く気にもなれない。側頭部に先ほど受けた一撃が、思っていたよりも体の芯にまで響いている。気を抜けば、すぐにでも倒れてしまいそうだ。
「そして、三つ目だが……これは何より、君を危険から遠ざけることができる」
「……今危険なのは、あんたでしょ」
「言い訳をするようで見苦しいかもしれないが、私は君を殺すつもりなんて無かった。──それよりも、君は分かっているのか?」
そう言って、ヴァルクは指をさす。私の後ろ側、その向こう……振り向くとそこには、必死に私の下へと、身を捩りながら近づいてくるグリシャがいた。──寒気がして、私は声を絞り出す。
「待って、まだ戦いは終わってない……!」
「いいや、既に決着は着いた。──この国。いいや、世界の平和のため……私は厄災の火種を斬り伏せる」
私を横切り、グリシャの下へと歩いていくヴァルク。止めようとするが、もう体が動かない……不味い、このままでは! それでも身体は動かない、それでも……動いてくれない。
「……グリシャ」
地面に這いつくばったまま、グリシャが私を見る。その表情は実に厳しくはあったが、何処か笑っているような……そんな顔だった。やがて彼は、自分を殺そうとするヴァルクを見て、こう言った。
「あの馬鹿に何かあったら、俺は厄災だろうがなんだろうが……とにかくお前をぶっ殺しに行ってやる」
「誓おう、恐ろしき火種よ。魔法騎士ヴァルクは、あの強く気高き戦士の安全を保証する。──だから、すまない。今はただ……眠っていてくれ」
ああ。静かに頷くグリシャに、ヴァルクは静かに剣を掲げた。
「……やめて」
動かない。動けない。
いいや、動け。動け動け動け動け!
「やめてぇぇぇぇえぇぇええええっっ!!!」
それでも、動かない。
振り下ろされる剣を、私はただ見ていることしかできなかった。




