「第四十二話」取り引き
(アリーシャ視点です)
振り下ろされる剣を避ける。段々、相手の動きが早くなってきた。
いいや違う、私が遅くなっているのだ。目で追える速度、反応速度、体が動くまでの時間……全てにおいて、単純に疲れてきているのだ。それに大した攻撃は喰らっていないものの、それでも普通のパンチやキックぐらいなら何発か貰っている。鎧も屈強な身体も持っていない私は、それだけでも十分に蓄積してしまう。
そして蓄積の果てにあるのは、身体を動かせなくなった自分。──それは即ち敗北を意味しており、敗北の先には……明確で逃れようのない死が存在している。
「ハァっ!」
横薙ぎに振るわれる剣を、跳んで避ける。身動きの取れない空中に放たれる魔法は、身を捻って避ける。どれもこれもギリギリで、少しでも掠れば致命傷は免れない。分かっていた事実が迫る度に、心音が早くなる。心音が早まれば緊張し、緊張すればそれだけ呼吸が乱れる。
「はぁ、はぁ……はっ」
呼吸が乱れている、血液の流れが乱れている。
思考がぼやけて、まるで脳が溶けていくようだ。
四肢が重い。根本からつま先、指の先に至るまで……握った拳を開き、剣を逸らす。次の瞬間には再び握り締め、そして反撃を見舞わなければならない。段々と、段々と見切られてきた……焦燥が、恐怖を引きずり出そうと駆け回る。
「どうしたアリーシャ! 貴様の覚悟はそんなものか?」
「っ……うっさい!」
顔面を殴り飛ばすと同時に叫ぶ。言ってから、自分の息が続いていないことに気づく。小さく言葉を発するだけでも途切れるほど、既に自分の呼吸はか細く弱々しいものになっていたのだ。しかし気づいた頃にはもう遅い。
(あっ、っ……)
とうとう、揺らぐ。
思考、平衡感覚、距離感。詰めた間合いにおいて最も重視しなければならない反撃への注意も、この一瞬においては全て途切れた。──無論、それを見逃してくれるほど、目の前の男は甘くはなかった。
「ぬぅうん!!!」
渾身の一撃、意識が飛びかける。地面を転がり、受け身を不格好に取りながら……私はかろうじて立ち上がった。──側頭部への一撃だった。骨が折れていないだけ、マシだろうか。
それでも、私は立っていられなかった。すぐにその場に片膝を突き、まともな思考をすることもできず……額から垂れている自分の血をぼんやりと眺めていた。
「私相手に、よくぞここまで粘った」
近くか遠くか、どちらにせよ勝ち誇った……満足げなヴァルクの声が聞こえてくる。
「その勇気と奮闘に敬意を評し、そして敢えて……君に尋ねる」
地面に突き刺された剣。直後、ヴァルクは尋ねてくる。
「私と、取り引きをしないか?」




