「第三十五話」粛清
収束する魔力、その迫力はまるで鬼神のように思えた。
「──ヌぅん!」
突き、やや前傾姿勢の構え。──直後、俺は上体を大きく右に逸らしていた。俺の頭があった位置には、赤い雷に見えるほど圧縮された魔力を帯びた剣があった。
こいつ、早い。
「っ!」
突いた事により伸び切った脇腹に、握り締めた拳を入れ込む。隙だらけ、人間の関節構造と反射神経では防御しきれない!
「遅い」
演算結果は、またもや覆される。側頭部への衝撃を感じた頃には、俺の身体は横に回転しながらぶっ飛んでいた。民間人が大勢いる中で、奇跡的に誰にも直撃すること無く……そのまま地面を転がっていった。
(いいや違う、奇跡なんかじゃない!)
狙っていた、あれは確実に狙っていた。最初の攻撃から、その後の隙を狙った俺への反撃……に見せかけたあの攻撃は、間違いなく民間人がいない方向に打ったものだった。つまり、つまりだ。この男は……俺と戦いながら民間人への被害を最小限に留めていた!
「思っていたよりも、原始的な攻撃なのだな」
近づいてくるのが、魔力の歪みで分かる。慌てて体勢を立て直し、俺はすぐさま立ち上がる。対峙するヴァルクの表情は実に油断も隙もなく、逃げるという選択肢は既に演算結果から弾かれていた。
「魔法とは別の方法で作られたゴーレムのような何か。彼の地にて確か、お前のような存在をなんと言ったか……ああそうだ、『おーとまーた』だったか? てっきり街一つぐらい消し飛ばすのかと思っていたが、思っていたよりも随分人間臭いらしい」
「俺は人間じゃない」
強く、ただ強く言う。
「ただの、人形だ」
「……どちらにせよ、貴様は我が国、いいや世界にとっての脅威だ。──周りには、もう誰もいないな」
見渡してから、俺はしくじったと歯噛みした。集まる魔力、魔力に引っ張られて吹き荒れる風……それらを裂き、鳴り響く赤い雷鳴。こんな広範囲の攻撃を民間人がいる中で使うことはできない、だからこいつは待ったんだ。こいつ、初めからこれが狙いだったのか!
「全力を持って、貴様を殺す」
演算結果が訴えている。──無理だ、と。
範囲も、威力も、自分が知っている全てを凌駕する。受けきれない、避けきれない……相殺することなんて以ての外だった。
「……違うだろ」
だが、俺には怒りがあった。
本来その宣告は、命がある存在にしか許されない……ある意味での尊重である。だが、俺には生も死も存在しない。何故なら初めから生まれておらず、故に死ぬこともないからだ。
だが、俺には後悔があった。
与えられた使命を果たせず、造物主を踏みにじった。友だちになろうと言われて、迷った末にその手を跳ね除けてしまった。
だから、形だけでも謝りたい。──だから、死ねない。
「ぶっ壊せるもんなら、ぶっ壊してみろよ!」
胸の中心に魔力を注ぎ込む。青い光が……終わりを告げる光が、段々と熱を帯びて広がっていく。──それを見たヴァルクの顔は、冷静さの代わりに怒りがにじみ出ていた。
「──粛清」
その直後、赤い雷と青い光が大きく激突する。
余波や衝撃は周囲を吹き飛ばし、王国全土に爆風と爆音を轟かせた。




