「第三十二話」共犯者
人混みの中、針に糸を通すかのような繊細な動きだった。粗暴な口調だったあの男からは想像もできない動きを、ゼファーに鍛え上げられた私でさえも手こずるような動きを、あの男はあんな動きづらそうな服装でやってみせている。
(案外、強いっていうのは嘘じゃないのかも)
道のど真ん中を疾走しながら、私はそう思った。考えてみれば、虹の魔法について詳しく知っているような人間が……それに見合う実力を持っていたとしてもおかしくない。いや、むしろそうであるべきだ。
人通りの少ない、開けた場所に出る。
私は一気にスピードを上げ、男の隣に並び立った。
「だぁっ!? 畜生捕まってたまるかぁ! ぺぇっ、ぺぇっ!」
「ちょ、唾吐かないでよ汚いなぁ! 私だよ私……」
あ、そう言えば私自己紹介してなかった。
というか、この人の名前も知らなかった。
「……とにかくあなたを捕まえようとしてるわけじゃないの!」
「ほんとかぁ?」
「ホントだよ!」
「よしホントだな!」
決断早いなこいつ。
「んで、捕まえたいわけじゃないなら何だ?」
「ええっとなんて言ったらいいんだろう……あなたにちょっと、聞きたいことがあるの!」
「そうか、なら逃げるの手伝え! こんな状況じゃ話なんてできねぇだろ!?」
「わかった!」
目の前に出てきた荷車を飛び越え、私と男は屋根へと飛び乗る。下の追っ手たちは右往左往するものの、すぐさま建物の中に集団で入っていく。どうやらまだ諦めていないらしい。
「アイツらが登ってくる前にズラかるぞ!」
そう言って男は屋根の上を疾走し、軽やかに飛び越えていく。その身のこなしは目を見張る物があり、思わず一瞬だけ立ち止まってしまった。
「早く来い!」
怒鳴り声にハッとさせられ、私は再び走り出す。振り返っても追っ手はまだ来ていない……このままいけば、うまく振り払えそうだ。──ふと、脳裏に疑問が浮かぶ。何故、この男は追われているのだろう?
普通、悪いことをしなければ人には追われない。だって追う理由がないからだ。
(……もしかして、やっちゃった?)
迷子になっていたほうがまだマシだったかもしれない。
鏡を見れば、多分私の顔は真っ青になっていることだろう。




