「第三十一話」口は災いの元
小さい頃に、一人で森に入って遊んでいた時の話だ。
当時の私は後先を考えずに突っ走っていたため、当然のように迷子になってしまった。ゼファーの名前を呼んでもすぐには来てくれず、迎えに来てくれるまでの間……私は独自のサバイバル術が役に立たないという事実に絶望したのをよく覚えている。
因みに迎えに来てくれた時に私は拳骨を喰らった。その際に『迷子になった時に走りながら助けを求める馬鹿がいるか! こういう時はその場に留まるんだ馬鹿者!』というありがたい教訓を頂いた。
「……」
まさかそれが十年後……しかも、こんな森とは程遠い騒がしい場所で使うことになろうとは、幼い頃の私は夢にも思わなかっただろう。ただひたすらに、ひたすらに石のようにベンチを陣取りながら、私は遠い目で空を見ていた。
とにかく動かない、動けば動くほど遭難してしまう。そう、ここは森だ。私の知らない危険な土地……だから待つしかないのだ。グリシャが私を見つけてくれるまで。──不意に、もうゼファーは私を助けに来てくれないんだという事実を思い知らされる。目元が一気に熱くなっていったが、それは歯を食いしばってどうにか堪えた。
とにかく、あまり動かないほうがいいのは確かだ。あの男を見つけようとして、私のほうが迷子になってしまっては……元も子もないからである。そりゃあ、もしかしたらすぐにでも二人を助けることができるかもしれない可能性を諦めるのは、とても悔しいしもったいないが。
「はぁーあ、誰かあの人を捕まえてくれてたりしないかなぁ……」
ありもしないことを、なんとなく口に出してみる。望みは口に出したら叶うとかなんとか聞いたことがあるものの、流石にこの願いはなんというか……叶いそうもない。
「見つけたぞ! 大人しくしろ!」
──そう思っていた私の耳に、複数人の怒鳴り声と騒ぎ声が聞こえてくる。
そちらを見ると、野次馬が次々に集まっていた。どうやら何か騒ぎがあったらしい、なんだろう……泥棒とかだろうか? まぁ流石に探していた獲物が引っかかった訳ではないだろうが。──けれども、再び私は驚かされる。
「いやなこった! あんな寒くて薄暗い部屋、二度とゴメンだね!」
野次馬を跳ね除けながら走り去るその男に、私は見覚えがある。っていうか、ついさっきまで探していたあの男ではないか。
「……ちょ、待って!」
鎧で武装した追手が迫る中、男はとてつもないスピードで逃げていく。
私は何がなんだか分からないまま、男の背中を追った。




