「第二十三話」魔法じゃない
動く家の乗り心地は思っていたよりも良かった。外から見ていた時の揺れとは裏腹に全く揺れず、まるで普通の家の中にいるような安定感がある。下手をすればゼファーと一緒に住んでいたあの家よりも居心地が良いぞ?
「……よし、終わり」
立てられたはしごから降りたグリシャが、満足そうな声でガッツポーズを取る。彼の視線の先には、なんだか他の部分よりもピカピカでツヤツヤの天井があった。
「リフォームしたの?」
「お前がぶっ壊した部分を文字通り穴埋めしてたんだよ! ったく、言っとくけどまだちょっとだけ許してねぇからな」
「ちょっとだけなんだ」
「……はぁ」
もういいや。という情けない声が聞こえ、グリシャは私に背を向けた。そこから歩いて右側……キッチンだろうか? そこに取り付けられた、何やら細長い鉄の管の上についている輪っかのようなものに手をかけ、ひねる。──するとどうだろうか、管の中からひとりでに水が出てきたじゃないか。
「……ねぇ、それってどんな魔法なの?」
「は?」
「だから、その輪っかをぐいっとひねると水が出る魔法だよ。非効率だし、杖から出したほうが早くない?」
私の当然の指摘を、なんだか「何を言っているんだこいつは」という顔で聞かれている。しかしグリシャはしばらく目を泳がせながら……急に理解したのか、鉄の管をちらりと見た。
「……ああ、蛇口のことか?」
「じゃぐじー?」
「それは風呂についてるちょっと贅沢なやつだ。あのな、これ魔法じゃねぇぞ」
何を言っているのかわからない。ただの鉄の管から水が出てくるんだぞ? そんな奇っ怪な現象を引き起こす手段が、魔法以外に存在するわけがない。
しかし、まぁ。仮にそういう物があると考えるなら……凄く面白そうだ。
「まぁ説明しても分かんねぇだろうから、魔法じゃないってことだけ覚えておいてくれ。その証拠にほら、お前らが言うところの魔力ってやつが何も変わってないだろ?」
「……ほんとだ」
にわかには信じられなかったものの、これは信じるしか無いだろう。捻れば出るし、反対側に捻れば止まる……魔力を使わずともいつでも水が出てくるというのは、ひょっとしたらものすごいのでは?
「ちなみこれ、俺が作ったんだぜ」
「うっそ!? すごぉい!」
「へへっ、ついでに言うとこの動く家もぜーんぶ俺が作ったんだ! すげぇだろ!」
「ええ!? こんなに大きなものを、魔法を使わずに動くようにできるの!?」
だんだん楽しくなってきた私は、家の中を落ち着いて観察してみる。そういえばあの光るガラスの玉は何なのだろう? どうして外は寒いのにこの中は涼しいのだろう? 見れば見るほど、考えれば考えるほど……この家は不思議で面白いことでいっぱいだった。
「ゼファーが見たら、びっくりして腰抜かしちゃうかも」
「そりゃあもう……ん、今なんつった?」
「? びっくりして、腰抜かしちゃうかもって言ったけど」
「違う違う、その前だよ」
なんだろう、あんなに自信満々に胸を張っていたグリシャの様子がおかしい。一体何がそんなに引っかかるのだろう? そう思いながら、私はもう一度自分の恩師の名前を口にする。
「だから、ゼファーが見たら、びっくりして腰抜かしちゃうかもって言ったの」
グリシャは顔をひきつらせながら、しばらく私の顔を見ていた。




