「第二十一話」アリーシャの頼み事
「……う、ううっ」
バンの苦しそうな声が響く。取り敢えず水を飲ませてベッドに寝かせたが、いくら待っても体調は良くならない。それどころか悪化している気がしなくもない。手に汗を握りしめた私は、どうするべきか分からず悶々としていた。
「おい、これ」
そんな私に、何かが差し出される。顔を上げるとそこには湯気が立ったソーセージ、それが乗った皿を持った先程の少年がいた。
「腹減ってるんだろ、取り敢えず食え」
「う、うん。ありがとう」
あれだけお腹が空いていたというのに、全然食欲がなかった。だが事実腹の虫が鳴り響いているので、私は食べた。本当なら、バンと一緒に食べるはずだった食事を……一人で。
「……言いにくいんだけどさ」
少年は頭をポリポリと掻きながら、私に言った。
「あのバンって獣人、もう駄目かも知れねぇ」
「……」
私はもう少しで拳を叩き込むところだった。だって、だって……なんでいきなりそんな事を言われなくちゃいけないんだ。私は怒りと、その奥にある自分への無力感を抑え込むのに……とにかく精一杯だった。少年もそんな私を見て、なんとも言えない顔をしていた。
「こう見えても、俺って医者なんだよな。だからあいつを蝕んでる呪いも、それがどんだけやばい代物なのかも……俺には、分かっちまうんだ」
「呪い……!?」
思い当たる節が、私にはあった。
先刻の大魔法使いマーリン、その分身との戦いで……バンは既にマーリンに呪われていた。私が呪いをかけた分身を倒したことで呪いは解けたはずだった。──だが、そもそもだ。世界に喧嘩を売るようなイカれた魔法使いの呪いだ。分身を倒した程度では解呪できないのも当たり前、むしろそれを考えていなかった私の浅はかさに怒りが湧いてくる。
「……あと、どれぐらい?」
「分かんねぇけど、込められた魔力のわりには長く保つと思うぜ。一ヶ月……運が良ければもうちょいだな。なんでかは知らねぇけど、不安定なんだよ」
もしや、と。私は一縷の望みを賭け、少年に尋ねる。
「それって術者本人が弱ってるからとか、関係あったりする?」
「もちろんあると思うぜ、まぁ弱っててこんだけの精度なら逆にやべーと思うけど……あいつ、一体どんな魔法使いに喧嘩売ったんだ?」
情報を頭の中で整理する。
まずマーリンは、自らを「不完全な状態」と言った。分身を使わなければ私の目の前に現れることも出来ないような状態にまで、ゼファーに力を奪われ封印されたから。
そして、仮に。
そんな状態の魔法使いの本体が、今も尚バンを呪っているとするのであれば。
やるべきことは、一つだ。
「……ねぇ」
「あん?」
迷惑に迷惑を重ねて申し訳ないと思う。
だが、馬鹿な私にはこれしか思いつかないのだ。
「私がいない間、バンの看病を頼みたいの」




