表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の猿  作者: 日野
10/11

10 僕とモンチー

 おもむろに立ち上がり、僕は腰に手を当てた。そしてダンスを始める。――右、左、右、左、まーえ、うしろっ、タンタンタン。右向いて左膝、ターン、振り返る、決めポーズ、ハイ! これが僕にとって生涯最高のダンスだったと言える。僕は三分間踊り切ったのだった。モンチーは鼻くそを食べ、元カノは呆気らかんとし、もみじは僕を見上げた。


「座って。恥ずかしい」


 僕は謝って座ろうとしたが、そのとき元カノが立った。そして同じダンスを踊る。僕は彼女と横に並んでダンスした。だって人間は踊りたい生き物なんだ。――右、左、右、左、まーえ、うしろっ、タンタンタン。右向いて左膝、ターン、振り返る、決めポーズ、ハイ!


「意味がわからないんだけど」

 もみじは混乱している。でも、こうやって僕と元カノは語り合うしかないんだ。これで個人的な後腐れはもう無いね。じゃあ対等に話し合おう。モンチーの幸せのために。


「簡単に決められると思います。猿には酷ですが、選んでもらうのです。私か浜中さんか。これが純粋に猿の幸福につながるでしょう」


 それでいい。僕と元カノは向かいに座った。モンチーを間に立たせる。モンチーが歩み寄ってきた方が次の家族に相応しい。モンチーはストレスから歯を見せた。


「ねえ、私か浜中さんのどちらに飼われたい? 貴方には選ぶ権利がある」

 元カノはモンチーに語りかけた。モンチーはてくてくと元カノの方に向かう。やはりモンチーにとって彼女は離れていても……。僕は覚悟して目を瞑った。


「待って、モンチー」

 声を上げたのはもみじだった。僕の肩に手を添えて訴える。


「私は未熟者です。カレンくんもどうしようもない浮気者です。だけど家族を無下にしたりしない。私たち、愛し合っているの。二人ともお猿さんが大好きだから、それはモンチーじゃないと駄目だから、お願い。後生だから一緒に暮らそう。貴方にとって辛い選択かもしれないけれど」


「モンチー、選ばせてすまない。最低な浮気者の僕だけど、今後もまた君と過ごしたいと思っていることは伝えておく。いずれにせよ君の選択を尊重する」


 もみじが腕を広げた。モンチーは元カノと見比べて迷っていた。それは三分七秒も続いた。しかし、最終的にモンチーは元カノの方に顔を見せた。


「ウキ」


 それを最後の言葉に決めたようだった。モンチーは涙を流しながらもみじに抱き付いた。もみじは強すぎるんじゃないかというほどぎゅっと抱き締めた。僕ももみじとモンチーを抱き締めた。お猿さんはなんて可哀想な生き物なんだ。辛い思いをさせてすまない。僕が二人を守ってみせる。この三人ならどんな荒波だって越えられるさ。ヨーソロー! オプティミスティックに行こう。大丈夫さ、()()()()()()()()()()()()()()()よ。


 元カノは絶望したように溜息を吐き出した。もみじが投げ出した書類を持ち出し、「猿に関する所有権と所有権を主張する権利の一切を放棄します」との文言が書かれた誓約書を取り出す。そうして僕の名前を二重線で消して、自分の名前に書き変えた。勝手に僕の家のコピー機でそれを五枚コピーし、二枚に捺印し、一枚を僕に手渡した。僕は逡巡したのち、泣いているもみじとモンチーを置いて印鑑を取り出し、五枚全部に捺印した。


「では、帰ります。お手数お掛けしました。以降の連絡はキャリアメールにください。当日の返信を保証できるのは、午後三時までにメールボックスに届いたものに限ります。ぐすっ、さようなら」


「あ、ハイ。さようなら」


 元カノも涙を流していたようだが、僕にはいまいち彼女の感情がよく理解できなかった。悲しかったんだよな……? ビールでも飲んだら忘れていそうだ。元カノがいなくなって、空気が弛緩した温かいものに変わった。僕は正式に家族となったモンチーを抱きかかえてキスした。グッドボーイ、モンチー。


「ぎゃ!」

 洗面所からだった。僕が駆け付けると、もみじが洗面所の前で尻もちをついている。


「どうしたの?」

「で、出たっ。ドアの向こうにアミがいたの……」


 あのもみじが話していた不思議な少女だろうか。もみじの正面の扉は閉ざされている。僕がノブを指に引っ掛かけて開けても、誰もいない。


「ほら見ろ、お化けなんて嘘だよ」

「……怖かった! いなくなるかと思った」


 もみじは僕に抱き付いた。僕にはもみじをつけ狙う少女が一体何者なのかわからない。本当にそれが何なのかわからない。僕が考える悪と同じなのだろうか。それとももっと巨大な何か……? もみじは馬鹿みたいに震えている。僕はあっちの悪のことは一旦置いておくことにした。僕が闘うのはあくまで社会的構造の悪だ。でも僕も何かを恐れていたのではなかったか。猫、魚、何だったか。


「とにかく、冷えたラーメンを温め直そう。で、一緒に食べよう」


 僕ともみじは昼食を食べ、それからモンチーの訓練に取り掛かった。もみじは何個か並べた段ボール箱の中に髪留めを入れ、どちらに入っているかを透視する。そして目線の動きでモンチーにどの箱が正解か教える。初めこそモンチーは理解できなかったが、途中から物が入っている箱を選べば、僕に褒められてバナナが貰えることがわかり、適切に行動できるようになった。


 夜七時、テレビでは「警察密着徹底取材 不法行為を絶対許すな! 悪いヤツらは全員まとめて一人残らず逮捕だスペシャル!!!!」が流れている。もみじはモンチーとじゃれていた。これが家族かもしれない。僕は迫り来る運命の日に警戒していた。そして静かな怒りと緊張を抱えている……。ねぎの花は切り落としてはいけない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ