第5章 【魔王クラスタ】
いつもご愛読ありがとうございます。
短編小説「その日、女の子になった私 〜序章編〜」から続く「魔界編」となります。
「序章編」も併せて読んで頂けますと、「魔界編」がより一層楽しんで頂けると思います。
宜しくお願い致します。
「嫌ぁぁ、止めて!もう、止めてぇ!」
全身、汗びっしょりになって目が覚めた。
上半身を起こして項垂れ、両手で顔を押さえた。
張玉に何度も犯されたのが悪夢となって私を苦しめていた。
「どうした?眠れないのか?」
「ごめん、起こしちゃった?」
隣で寝ていた一矢纏わぬロードに声を掛けた。
男嫌いのロードは百合だった。
私が魔王となった日から、ロードとは身体の関係になった。
唇を奪われて押し倒され、口と指でイカされた。
日本人の黄色人種の中でも私の肌は色白な方だと思うが、ロードは本当に雪の様に真っ白な肌だ。
髪も金髪だし、人間界にいれば白人としか見えないだろう。
ロードと裸で抱き合うと、きめ細かくスベスベしていて、玉のような肌とはよく言ったもので、気持ちが良い。
少し体温が低く冷たい身体が、私の体温を通して温まって行くのが何とも言えず癒される。
別に私は百合では無いので、ロードに押し倒された時、初めは抵抗があったけど、相手が女性なら浮気にならないよね?とか思って許してしまった。
「あいつに犯されたんだろう?身体の時間を戻されて抱かれていないって事にしても、抱かれた記憶は残ってる。可哀想に、私が慰めてやるよ」
ロードに口付けされ、胸を吸われ、私はロードの背に手を回して抱き合った。
「お願い、忘れさせて…」
朝までロードと抱き合って寝た。
翌朝、起きて来るのが遅くてフレイアが勝手に部屋に入って来た。
「ふー、お2人さん。仲が良いのは宜しくて。でも朝の会議を皆待ってますよ。ふふふ」
キセルで煙を顔に吹きかけられて目を覚ました。
「フレイア、無礼だぞ!」
「無礼で結構よ、あははは」
2人は支度中だと伝えて来る、と言って部屋を出て行った。
『自動清浄』『衣装替』2つの呪文を連続で唱えて支度をし、会議室に向かった。
会議室ではロードの配下の将軍達と、フレイアの配下の将軍達が集まっていた。
派閥が割れて対立するかと思いきや、全くそんな事はなく、仲良くやっているみたいだ。
ロードがフレイアとは盟友だと言っていたが、実際はそれ以上の関係で、義兄弟の契りを交わしていた様だ。
ロードが義妹でフレイアが義姉らしい。
なるほど、だから配下同士が対立しないのか、と納得した。
会議では、魔王クラスタに降伏勧告を送るか、盟友維持を求めるかで思案されていた。
今まで盟友であり降伏勧告など送れば、いらぬ戦果を交える事に成り兼ねないと危惧しているのである。
それは確かにある。
盟友ならいざ知らず、降伏ともなれば話は違ってくる。
しかし、盟友とは言え、戦況や思惑によって寝返る可能性も否めない。
魔界制覇を目指すのであれば、その憂いを無くしておきたい。
現状、ロードもフレイアも元々の自領を治めている。
魔王クラスタにも自領はそのまま統治させる事を条件に降伏勧告すれば良い、と言う案も多い。
そう簡単に行くか?万が一攻めて来たらどうする?など話がまとまっていない。
「中国軍を撃退した後なので、防衛の為の軍事行動を行なっても不審ではないでしょう?まず守りを固め、後に降伏勧告を送り、相手の出方を見ると言うのは如何でしょうか?」
特に良案も無く、無難な案を採用した。
表向きは「中国軍の再侵攻を食い止める」と言う名目で、軍備強化を進めた。
魔王クラスタの居城にはロード領が近い。
万が一、戦闘になった場合、迂回してフレイア領に攻め込んで来るかも知れない。
ロード領から援軍を送った所を待ち伏せしてロード軍を叩き、フレイア軍を城に留めて牽制している間にロードの居城を落とす、と言う戦術を取られるかも知れない。
それを逆手に取れる様に罠を仕掛けたり、他にも考えられ得る防衛手段を取る準備が必要だ。
数日後、魔王クラスタから書状が届いた。
会見場所は「ハザードの街」で行うと言って来た。
クラスタ領とロード領のほぼ中間地点だから、妥当な所だろうとロードは言っていた。
しかし、「ハザードの街」はクラスタ領にある為、何らかの罠を仕掛けられていた場合、窮地に陥いるかも知れない。
しかも会見には双方、5名での参加だと言って来ている。
此方は私、ロード、フレイア、ロードの側近であるショウ・ルゥイとフレイアの側近の1人になるだろう。
と、誰もが考える。
だが、ここは良く考えなければならない。
最高戦力を集め、会見にはクラスタの替玉とか偽物が用意されていて、罠にかけて一網打尽にする筋書もあり得る。
偽物ともども爆死させるとか…。
ならばフレイアを後方に残してロードは連れて行くか。
魔王クラスタはロードに熱を上げているらしいから、交渉を優位に進める為にも、ロードを連れて行くのは必須だ。
まてよ、相手もそう考える、となるとフレイア領ではなく、ロード領を攻めて領民を盾に脅迫して、ロードを手に入れようとするかも知れない。
疑えばきりが無い。
うーん、悩む。
悩んだ挙句、1つの解答を導き出した。
「釣り野伏」を仕掛ける。
中国史だけでなく歴史全般が好きな私だ。
「釣り野伏」は日本の戦国時代、島津義久が考案したとされる戦法で、寡兵(少ない兵)で衆(多勢)に当たる諸刃の剣だ。
敵と戦闘になり、中央の部隊は偽退却を悟られない様にして退却、追って来た敵の主力を左右に展開していた伏兵で挟撃し、偽退却していた中央部隊も反転攻撃に転じると言うものだ。
これが諸刃の剣と言うのは、中央の部隊は寡兵である為、常に劣勢であり、戦場では恐慌状態に陥いって、偽りではなく本気で退却してしまう可能性がある。
また、伏兵が必ずしも可能な地形とは限らない。
中央の囮になる将兵や、左右に展開する将兵の指揮力の高さ、兵士の練度の高さが必要なのは言うまでも無い。
しかし、島津家のお家芸と謳われ、この戦法を得意とし、九州制覇まであと一歩まで迫ったのも事実である。
また、豊臣秀吉の朝鮮出兵に於いて、島津軍だけが不敗を誇ったという。
囮は私がなろう。
不死であり、総大将である私が適任だろう。
ロードも私に随行する事になるから、襲われない事を祈る。
誰だって戦いたくない。
普通に話し合いで解決してくれれば、言うに越したことはない。
常に最悪を考え、そうなった場合の対策を準備しておけば、遅れを取らずに済む。
最悪になら無ければ、最悪でなくて良かったと思える訳だ。
会見の為、「ハザードの街」に向かった。
中央から離れている為、田舎町なのかと思い込んでいたら、驚くほど栄えていた。
異国の街並みを見ると、どうしても海外旅行に来た様な気分が抜けない。
気を引き締めないと、危ない、危ない。
「ミズキ、見えたぞ」
魔王クラスタが既にいるのが見える。
私達も馬車から降りて部下を待機させ、5人だけで向かった。
「ようこそ、ハザードの街へ」
引き締まった身体に漆黒の鎧に身を包んでいる男が声を掛けて来た。
兜で顔が見えないな。
この人が魔王クラスタかな?
「久しいな、クラスタ」
ロードが声を掛けたから、当たりだったわ。
フレイアをチラ見した表情は、珍しく警戒している様子だった。
「どうぞ席へ」
言われるがまま席に着くと、すぐに飲み物を出された。
見た目は水の様に透き通っている。
まぁ、私には毒が効かないから飲んでみた。
口を付けると、紅茶の様な味と匂いがする。
甘くは無かったので、むしろ良かった。
私は珈琲よりも紅茶派だけど、砂糖もミルクも入れないので、入って無くて良かった。
ダージリンともアールグレイとも違う。
だけど味は紅茶なんだよなぁ、何て事を考えていた。
ロードもフレイアも飲み物に口を付けようとしない。
「さぁ、本題に入ろうか」
「せっかちな所は変わらないな?ロード。時間はたっぷりある。まずはお茶でも楽しもう」
クラスタは、透明な紅茶の香りを愉しんでから啜った。
ロードはクラスタにイライラしてる感じだが、フレイアは私に目配せをしてお茶を飲んだ。
万が一、毒に中った場合、治療してくれと言う事だろう。
此方も5人、クラスタ側も5人。
しかし、此方は私、ロード、フレイアの3人が魔王級だ。
だけどクラスタが平然と構えている所を見ると、降伏を受け入れるつもりなのかな?
最初の一瞥以外、全く私に目線を合わせず、ロードしか見ていない。
こいつ、本当にロードが好きなんだな?と思う反面、私に対して無礼な態度だろ?
皆、無言でお茶を飲んでいた。
異様な空気が会見場を包んでいた。
「クラスタさん、ロードとも盟友ですし、これからも誼を結んで行きたいと思っています」
私が口を開くなり、クラスタは激昂した。
「黙れ!お前を盟友に抱くつもりはない!」
「どう言うつもりだ?」
ロードが声色のトーンを落として、静かに聞く。
返答次第で斬り掛かる気配だ。
「俺が盟友を結ぶのはお前だけだ、ロード」
「では何しにここへ来た?」
「ロード、お前の傘下になら加わっても良い。だが、そいつは認めん!貴様、どんな手を使ってロードを籠絡した?」
「籠絡って、ロードから譲位するって言われたんだけども…。貴方の大好きなロードが決めた事に、異をとなえるの?」
「だまれ、ロードはお前に誑かされたに違いない」
(こいつ、人の話を聞かないタイプだな?やれやれ…)
「私と戦え!私が勝ったらロードを解放しろ!俺が負けたら、お前の配下でも何でもなってやる」
凄まじい殺気だ。
冷や汗が垂れて来る。
ロードやフレイアと同じく、私より強い。
「良いわよ、相手になるわ」
向き合った瞬間、宙を転がる様に回転して見えた。
(あぁ、なるほど、私の首が転がり落ちたのか…)
首の無い自分の身体を見て気付いた。
「何だ?口ほどにも無い。弱過ぎだろ?何でこんな奴にロード、お前は降ったんだ?」
「後ろをよく見てみろよ、クラスタ」
振り返ると、首が繋がって立ち上がった私がいた。
「何?不死者か?」
いつの間にか手にしていたのは、私の首を転がした槍だった。
槍を軽く一回転させると、巨大な火球が私を襲った。
「アンデットには火とか聖とか光属性が弱点だもんねぇ?」
私は避けずに、そのまま火球を受けた。
火球で身体に炎が付き燃えるが、身体状態異常無効スキルの修復速度が上だ。
上半身の服が燃え尽きたので、左手で胸を隠した。
「なっ、無傷だと!?」
『衣装替』
呪文を唱えて、服を着替える。
「さて、次は此方の番よ」
「お前のターンなど、やらん!」
クラスタが槍を繰り出すが、私の間合いに入る前に呪文を唱えた。
『光収束自動追尾砲撃」
ギリギリで躱された。
しかし、クラスタを追尾して攻撃が命中する。
「本命はこっちだ!」
斜め下から掬い上げる様に剣を振るった。
僅かな差で躱されたが、クラスタの鎧兜を弾き飛ばした。
クラスタの顔を見て、目を丸くする。
「えぇっ!女!」
「おのれぇ!」
無数の槍の蓮撃が襲う。
(ダメ、躱せない)
ロードが間に入って、クラスタの蓮撃を全て受けきり、捌いた。
「もう良いだろ?クラスタ…」
「はい、お姉様」
「お、お姉様?」
私は、状況が理解出来ずに頭が混乱した。
「勿論、本当の姉ではない」
ロードが溜息をつく様に言った。
「はい、お姉様は私に愛を教えてくれました」
クラスタはロードに腕を絡ませて、頭を胸に置いた。
話を聞けば百合のロードは、クラスタとは知らずに酔った勢いで一度寝た事があるらしい…。
それ以来、クラスタはロードをお姉様と呼んで慕っているとか。
それなら、戦う事になるかも知れないと身構えていた私は何って感じだし、それに「釣り野伏」まで考えて準備してた私は一体何だったの?
ロードに嵌められたと思って、少し憤慨した。
「お姉様から話は聞いてました。だから一度手合わせをしてみたかったのです」
「それでどうだった?」
「お姉様が、この人間なんかに譲位した上で、連合国まで作ろうとしてる事が理解出来ませんわ」
そう言って私を睨んだ。
(ちょっと、それって完全に嫉妬じゃないの)
「まだ今はな。ミズキは発展途上だが、誰にも成し遂げれなかった魔界統一をやってくれると信じてるよ」
私を見て優しく微笑んだ。
全く、その笑顔は反則だろう。
怒る気力も失せてしまった。
最初から出来レースだったわけだ。
配下の手前、簡単に国を明け渡す訳にはいかない。
なので、私と戦い、敗北もしくは力を認めて傘下に加わると言う算段だ。
何も知らされずに戦う私は、リアルに実戦経験が積める。
ロードの掌の上って事だわ。
何はともあれ、今夜は宴会だぁ。
この魔界のお酒は、清酒や焼酎ではなく、麦酒でもなく、果実酒が圧倒的に多い。
例を挙げると、葡萄酒や梅酒みたいに。
でも葡萄酒も梅酒も見た事はない。
魔界の果実で作られたお酒だ。
香りは果実だが、全く甘くは無い。
口当たりは良いので、ついつい杯が進んでしまいがちだが、アルコール度数はブランデー並の40%を軽く超えているので、酔い潰れや二日酔いに注意が必要だ。
もっとも、身体状態異常無効の私とは無縁だけど。
「ミズキ、ここまでは気楽でも良かった。次は友好国ではなく完全に敵国だ。3国の連合が重要になって来る」
「もう次の標的は決めてあるの?」
「あぁ、魔王ビゼルが治る地だ。最低でも3国連合で攻める必要があった。」
「そんなに強い相手なの?」
「ふぅー。強いわよぉ。ビゼルは4カ国同盟を結んでるから、国力は4対3だけど、私達も魔王級が4人だから、数は互角よぉ。でもミズキちゃんはもう少し強くならないと、厳しいかもねぇ?」
「ごめんなさい、足を引っ張ってしまって」
申し訳なさで、しょぼくれて下を向いた。
「フレイア、ミズキちゃんって何だ?馴れ馴れしい。魔王様だ」
「名ばかりのね」
皮肉を込めてクラスタに言われた。
落ち込んでどうする?
この中で一番弱いのは私だ。
事実だろう?自覚しろ。
私は、か弱いただの人間なのだから。
「強くなりたい…」
ボソっと呟いた。
「ふふふ、ミズキは、そうでなくてはな」
ロードに微笑まれると、根拠の無い自信が湧いて来る。
こんなカッコイイ美女に生まれたかったな。
この数日は平穏に過ごした。
クラスタの城下町に行くと、行った事が無いのであれだけど、何となく雰囲気が東南アジアチックで心が躍る。
ロードはクラスタと寝食を共に過ごしていて、この数日、姿を見ていない。
「寂しいなら私が慰めようか?」と、フレイアに揶揄われた。
私、寂しいのかなぁ?
「ミズキ」と、背後から声を掛けられた。
振り向くと、フレイアとクラスタだった。
中良さそうにクラスタがロードに寄り添ってる姿を見ると、心がチクリと痛んだ。
友達を奪られた気がして、嫉妬してるのかな?私…。
「中良さそうね」
私の言葉を聞いて、クラスタは羨ましいか?みたいなドヤ顔で応えたので、イラッとした。
「1時間後、会議室へ集合しましょう」
この数日は、ただ遊んでいただけではない。
今度の戦は本当の戦争だ。
此方が寡兵(兵が少ない)だけど、やるしか無い。
この戦争で勝てば、併せて魔王7人が支配下となる。
魔王は残る3人と別格なのが1人だ。
「勝たなければ…と言うプレッシャーを感じ過ぎると、本番で頭が真っ白になったり、身体が強張ったりしそうだな」
今から緊張していてどうする?と自分に言い聞かせた。