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第八話  土下座

 仲間を殺され、怒り狂う剣士に、ただの宿屋の店主には抗うのは不可能であった。


 その爆炎のごとき怒気に当てられて尻もちを突き、ズルズルと後ずさりするのがせいぜいであった。



「ままま、待って欲しい! お願いです、待ってください、剣士殿! あ、ああ、いや、勇者様!」



 店主は必死に声を絞り出して、睨みつけてくる剣士を落ち着かせようと死に物狂いになった。


 もちろん、剣士の動きは止まらない。一歩ずつ確実に距離を詰めてきており、拳はしっかりと力いっぱいに握られていた。


 洞窟の発する磁力の影響は薄れつつあったが、それでも重たくは感じるのだ。


 また、剣で殺すことを剣士はよしとしなかった。魔剣を振るっては一撃で屠る事になるであろうし、それでは留飲を下げる事などできはしない。


 拳で殴り、更に殴り、徹底的に殴って、散々に痛めつけてからでなくてはならない。そう考えていた。


 その感情は店主にもなんとなしに伝わったらしく、今度は土下座で応じた。



「わ、私が悪かったでございます! だだだだから、どうか殺さないでください!」



 必死の命乞い。土下座で何度も頭を下げ、地に頭をこすり付けた。


 だが、剣士の耳には入らない。憤激と言う名の耳栓が、店主の言葉を遮り、殺意を拳に付与していった。



「ああ、そうだ! 金! 金ならたくさんあります! 今までかなりの額を集めておりますので、その半分を差し上げます! だから、どうか許して、勇者様!」



「許すかよ、ボケが!」



 いよいよ追い詰められた店主。目の前に剣士が立ち、汚物を見ているかのような不快な視線を店主に向けていた。


 それでも何度も何度も詫びを入れるが、もちろんその声は剣士の心に届いてはいなかった。


 剣士の怒りはなおも燃え盛り、より一層の力を拳に込めた。



「じゃあ、死んでくれや、店主」



 剣士はいまや下着姿で素手だ。短剣一本あれば、店主を余裕でバラバラに切り刻めるが、格闘術となるとそうはいかない。


 拳を使った戦い方となると、そこまで大した腕前は持ってはいないのだ。


 だが、目の前の男を殴り殺せるだけの腕力は持ち合わせている。なんの問題もなかった。


 むしろ、すぐに殺さない程度の一撃を入れるため、慣れない格闘戦の方が都合が良かったとさえ言えた。



「お、お願いでございます! どうか殺さないでぇ!」



「断る! 死んであいつらと、“先輩”達に詫び続けろ!」



 剣士の発する怒声が洞窟に響き、大地が揺れているのか錯覚するほどであった。


 とうとう観念したのか、店主の動きは止まった。土下座のために激しく上下していた上半身は動きを止め、正座の状態で剣士を見つめた。



「……勇者様、最後に一つよろしいでしょうか?」



「遺言か? 聞くだけ聞いてやるよ」



 哀れで忌々しい男だが、最後の一言くらい聞いてやろうと剣士は耳を傾けた。


 最後の一言かと思いきや、店主の顔は不気味に笑うのであった。

 


「な、なんだ?」



「……獲物を前にしての長口上は三流のやることだって、先程自分で言っていなかったか?」



 店主がそう言葉を発した瞬間、気配が“五つ”蠢き出したことを剣士は察知した。



 振り返ると、倒れていた仲間四人が起き上がり、更に店主が降りてきたという隠し通路に一人、何者かが立っていた。


 これで動く気配が五つだ。


 そして、立ち上がった仲間は、仲間と呼んでいた者達の遺体は、血だらけのまま呻き、生気のない瞳はかつて信頼し、愛していた剣士に向けられていた。



           ~ 第九話に続く ~

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