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第五話  墓穴が動き出す

 完全な不意討ちであった。


 店主が手をかざして五人に向けたので、何か仕掛けてくるかと思ったら、その衝撃は足下からやって来た。


 一人の例外もなく強烈な力で引っ張り込まれ、あるいは押し潰されるかのような感覚に襲われ、全員が地面に倒れ込んだ。



「ぐおおおお! まさか、【重力制御グラビティ・コントロール】か!?」



「そんな高等な術式、私が使えるわけないでしょう。そもそも、私、魔術師でもなんでもなく、本当にタダの店主。MPだってゼロなんですから」



 店主が倒れ伏した五人を見下ろし、五人は地に這いつくばってそれを見上げた。



「剣士さん、あなた、気付いていなかったのですか? あなたがこの洞窟の影響を一番に受けていたはずなのですが」



「なんだと!?」



「ここへ来る途中、息切れしたり、妙な疲労感を覚えたりしませんでしたか?」



 店主の問いかけには、剣士も覚えがあった。


 剣士と言う前衛職であるため、体力や頑丈さには自信があった。


 現に五人の中では一番タフだとさえ思っている。いくら一番重たい装備とはいえ、最初にバテると言うのはおかしいと、疑問に感じていたほどだ。



 だが、それがこの洞窟のせいだとは考えてもいなかった。



 毒ならば治せるし、なにより盗賊の鼻や目が、ガスや仕掛け(トラップ)、それらを見逃さないはずだ。



 にもかかわらず、自分だけが明らかに疲れていた。



 体調不良、というわけではない。昨夜も絶好調で、可愛らしい仲間全員を一人も余さず愛でていたくらいだ。


 疑問と苦渋の入り混じる表情を浮かべる剣士に、店主は嘲笑を向けた。



「フフフ……、実はですね、この洞窟、魔力が不安定な上に、岩盤に金属成分を多く含んでいるのですよ。で、その不安定な魔力の原因というのは、“魔王”なんです」



「なんだと!?」



 勇者を名乗る以上、魔王の存在は知っていた。数百年の昔、世界を混乱に貶めた魔族の王のことだ。


 その当時の勇者が魔王を倒し、どこかに封印したと聞かされていた。


 最近、魔物達の動きが活発化し、魔王復活が迫っているとの噂も飛び交う中、腕利きの冒険者達が今度は自分が伝説になるのだと、方々で活躍し、名を上げていた。


 目の前の五人組も、そんな未来の伝説となるべく奮起していた一組であった。



「魔王復活も間近に迫り、魔王が寝返りを打つたびに魔力が乱れる。そして、乱れた魔力が岩盤内の金属成分と反応して、巨大で特殊な“磁石”になるという寸法です」



「この洞窟自体が“磁石”だと!?」



「ええ、そうです。つまり、この洞窟内では、金属製の装備品は厳禁というわけです。浅い層なら多少重たくなる程度ですが、深く潜るとどんどん重くなっていき、ここいら辺りまで来る頃には、寝返りが入る度にご覧の有様というわけです」



 店主の説明を聞き、剣士は五人の装備の中で“金属”の含まれている物を思い浮かべてみた。


 まず、自分は剣士であり、チームの剣となり盾となる立ち位置だ。剣、鎧、盾、どれも金属が使われている。一番タフであろうとも、一番洞窟の影響を受けたため、最も早くバテたのはそういう理由があったのだ。


 次に重いのは拳士だ。両手にはめた手甲は金属製だ。さらに、蹴りを強化するために、足防具も身に付けており、それも金属製だ。


 拳士の姿を見ていると、四つん這いの体勢になっている。手と足、磁力に引かれている部分がしっかり地面に引っ付いているようであった。


 盗賊は胴体に鎖帷子チェインメイルを着込んでいる。獲物の短剣も当然金属だ。しかも、鍵開けなどに使う小道具類も金属製の物が多い。こちらも胴体部が張り付け状態だ。


 神官もまた、防具として鎖帷子チェインメイルを法衣の下に来ている。また、錫杖も先端部は金属でできており、すでに這いつくばる横で同じく、張り付いている状態だ。


 魔術師は金属製の装備は他に比べて少なめだ。だが、術の増幅器として、首飾りや指輪をしており、それが反応しているのか、身動きが取れなくなっている。


 さらに不幸なことに、チームの財布を持っていたのが魔術師であった。


 負荷としては五人の中で一番が少ないが、一番筋力がないのも魔術師であり、束縛から逃れることができなかった。



「さて、ご理解いただけましたか、“自称”勇者御一行の皆さん。いやはや、宿屋の主人として申し上げますが、少しばかり腕が立つからと言って、誰も彼も勇者を名乗り過ぎではありませんか? 百の勇者なんぞ、笑い話にもなりません。魔王が一人であるならば、それを倒す勇者もまた一人。紛い物には退場していただきましょう」



 そう言うと、店主は懐から黒光りする短剣を取り出した。



 五人は目を見開いて驚いた。店主の持つ短剣は黒曜石で、柄は布を巻いてあるだけの物。よくよく服装を見てみれば、ただの布製の服や木製の靴。ベルトも紐を巻いた粗末な物だ。


 つまり、装備品はどれもこれも非金属の物ばかり。初めから、この洞窟に誘い込み、罠にはめて始末するつもりだったということだ。



「ぐぅ! 動け! 動け!」



「無駄ですよ、剣士殿。装備が重たい分、かかる負荷が大きいのはあなたなのですからね」



「クソがぁ!」



 剣士も必死で起き上がろうとするが、装備品が地面に張り付き、ピクリとも動かなかった。


 他のメンバーも同様で、身に着けていた金属製品が邪魔をして、まともに動くことさえできなかった。


 だが、そんな中にあって、冷静な者がいた。魔術師だ。


 最初から無理に起き上がるのを諦め、早々に術式の詠唱に入っていたのだ。


 首から下は今は不要。考える頭と唱える口さえあれば十分なのだ。


 動きを拘束されてはいても、指輪や首飾りなのど魔力増幅器は装備されたままなので、効力を発揮する事が出来る。


 動けないことなど、魔術師にとっては些末な事でしかなかった。



「おっと! それはいけません!」



 魔術師の行動を見て、店主もまた即座に行動に移した。


 倒れている魔術師のすぐ横に立ち、しゃがみ込む勢いのままに黒曜石の短剣を相手の首に差し入れたのだ。


 突き刺し、払う。喉が、あるいは頸動脈が引き裂かれ、血が吹き出した。


 魔術師は少しの間、その身を痙攣させた後、そのまま動かなくなった。吹き出した血が長衣ローブに吸われていき、汚らしい色に染め上げていった。



「てめぇ!」



「では、まず一人目」



 他の仲間達の悲鳴と怒声が洞窟内に響き渡るが、店主は何事もなかったかのように立ち上がり、朱に染まる魔術師を見下ろした。



「これで、身動きできない状態のまま、私を殺せる者はいなくなりましたね」



 べっとりと血の付いた短剣をペロリと嘗め、勝利と殺戮の愉悦に浸る店主は、次なる獲物を求めて視線を別人に向けた。


 なにしろ、狩るべき獲物はまだ四人もいるのだ。



           ~ 第六話に続く ~

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