第三話 突入
勇者一行の五人組は宿屋『深淵の墓守亭』で一泊した後、店主夫婦に「昨夜はお楽しみでしたね」とお約束の煽りを入れられながら送り出された。
実際、“お楽しみ”であったので、何も言い返せず、気まずそうに部屋の鍵を差し出すハメになった。
なお、空き部屋だと言っていた階下の部屋から、なぜか“店主夫婦の嬌声”が聞こえてきた点は黙しておくことにした。
こうして五人は“勇者の墓穴”に向かった。宿屋から歩いて十分もかからない場所にあるのですんなり到着し、悪名高きダンジョンに警戒しながら足を踏み入れた。
そして、五人組は当初、拍子抜けした遭遇から始まった。
確かに、数多の勇者を飲み込んで死に追いやった洞窟と言うだけあって、その澱んだ空気や雰囲気の重さはあった。だが、彼らをお出迎えしたのは、醜悪な小鬼の群れだった。
しかも、小鬼の群れは、洞窟に突入してきた五人組を視認した途端、我先にと逃げ出したのだ。
自分達の塒に入り込んできた相手を攻撃しようとしたのだが、明らかに実力が違い過ぎる気配を感じ取ったためだ。
「ここの小鬼は長生きするぜ。数に任せて襲って来ず、逃げ出すんだからな。まあ、彼我の戦力差を考えれば当然か」
野生動物よりかはマシとは言え、小鬼は頭が人間に比べてよくない。多少道具を使える知能は持っているが、手入れしたり作ったりすることの腕はイマイチなので、落ちたり盗んだりした粗悪な武器を使用する場合が多い。
現に、今しがた遭遇した小鬼達の装備は、こん棒ばかりであった。数が多いと言っても、勇者パーティーに挑むような装備ではない。
この程度の相手であれば、剣士が片手で剣を奮っても、百匹は軽く蹴散らせる。
一応、夜目が利くので奇襲には注意したが、索敵に優れた盗賊が気配を探りながら一行の先頭を進み、不意討ちに備えた。
だが、それらしい気配がない。それどころか、入り口付近で出会った小鬼の一団以降、怪物の気配が一切ないのだ。
「なんなんだかなぁ~。何もいないじゃないか。もっととんでもない怪物がいたり、もしくは仕掛けでもあるのかと思ったのに、拍子抜けもいいところだぜ」
剣士としてはまったく張り合いがなかった。英雄譚には、強敵との戦いが不可欠である。竜や巨人、悪魔などと悪戦苦闘を繰り広げてこそ、物語に盛り上がりを含ませ、名声が上がると言うのに、この洞窟は今のところ空振りだ。
とてもいくつもの勇者、英雄達のパーティーが全滅したなどとは思えないほど洞窟は静かで、何もないのだ。
皆で相談した結果、やはり最奥部に何かあるのではとの結論に達し、さらに奥へと進んでいった。
徐々にだが下りの道が増えていき、奥へ奥へ、下へ下へと突き進んでいった。
かなり進んだつもりだが、それでも怪物との遭遇もなければ、身の毛もよだつ恐ろしい仕掛けもない。
あるいは、ガスが噴き出すなどの、危険な兆候もない。本当に何もない洞窟をひたすら歩かされている状態だ。
そんな中、剣士はなんだか体がだるくなってきて、少しばかり息切れし始めた。やはり五人の中で一番装備が重たいので、歩くだけの単調な動作に、逆に疲労感を覚えたのだろうと、神官に癒しの術をかけてもらった。
「ありがとうよ。でもさぁ、ほんとなんもねえなぁ~。他のチームがやられたなんて、実はガセじゃねえか?」
術をかけてもらいながらも、剣士は悪態付き、他のメンバーにも意見を求めたが、皆そうではないかと疑い始めた。あまりに何もなさすぎるし、腕試しの戦いも、あるいは財宝も、期待できそうになかった。
昨夜は少々、前祝いと称して、少しばかり羽目を外し過ぎた感があった。
実際、“勇者設定”と称するぼったくり価格を宿屋の店主に請求されたが、その口車に乗ってしまい、しっかりと払ってしまった。
だが、それも悪くはなかったと、今では感じていた。
店主が自慢するだけあって、女将の料理の腕前は大したものであり、名店で出される料理に遜色ないレベルであった。
用意された酒もなかなかの上物であり、ついつい痛飲してしまった。
結構な額を払っていたのであるし、当然の権利とばかりに飲み食いした。
その後は部屋に戻って、気分の良いままに“乱痴気騒ぎ”へとしけ込んだ。
剣士にとって他のメンバーは旅仲間であると同時に、恋人でもあった。全員が可愛いし、おまけにまだまだ向上の余地もある。
いずれは更に腕を磨き、史に名を刻むような勇者、英雄になる事を志していた。
そして、最終的には得た名声と富で自分達だけの“国”でも作り、そこで面白おかしく過ごす。
そういう野望も抱いていた。
ところが、それだと言うのに、名声欲しさと好奇心から飛び込んだ“勇者の墓穴”は、何もない洞窟なのだ。
昨夜の気分が台無しであり、やる気が萎えに萎えていた。
その時だ。一応の警戒に当たっていた盗賊が何かに気付き、皆に注意するよう呼び掛けてきた。
盗賊の気配察知の能力は大したものであり、そのおかげで危機を事前に察する事が幾度となくあった。
その実績があればこそ、パーティー全員がすぐさま気持ちを切り替え、素早く警戒できた。
そして、吹き抜けた。“風”が。それも奥から。
「奥から風だと!? ってことは、外に通じているのか、この奥は」
そうと分かれば、立ち止まっている理由はない。その外と繋がる何かを求め、五人は進むことを選んだ。
そして、程なくそこに到着した。かなり大きな空洞で、ちょっとした屋敷がすっぽり入りそうなくらいの開けた場所であった。
何よりそこには松明が煌々と照らされており、しかも誰かが立っていた。
警戒しながらその姿を確認すると、その正体を知った時、五人は驚いた。他でもない、立っていたのは、先程の宿屋の店主であったからだ。
「やあやあ、皆様、お疲れ様でございました」
店主は両手を広げて、五人に歓迎の意を示した。
だが、五人の反応は警戒体制のままだ。地上の店にいた人間が、地下で先回りしているなどありえないからだ。
洞窟に入ったのも自分達が先であるし、ほぼ一本道であるため、追い越された雰囲気もなかった。
にも拘わらず、店主が目の前にいる。警戒するのは当然と言えた。
「おいおい、どうやってここに!?」
剣士の手も柄の上に置いていた。いつでも鞘から抜ける体勢だ。
そして、“殺る”という気配を出し、相手を威圧した。
一級の冒険者チームに凄まれては、普通ならば怯むか腰を抜かすかであろうが、店主は一切動じた風を見せない。
堂々と立ち、先程の両手を広げた体勢のままだ。
ただ、不気味に口の端を吊り上げ、ニヤリと笑うだけであった。
~ 第四話に続く ~