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セシル 過去<8>



 魔力暴走した場合の問題があるので、実技練習をするのは人気が無い時。すなわち、伯爵家の皆が領地を離れる社交時期になってから、ということでそれまでにセシルはひたすらに座学を極めた。また、安全のために防御壁機能を持った指輪――伯爵家の人間に見つからないよう首から下げた――や、それでも傷を負った場合に使えるようにと、かなり治癒レベルの高い傷薬など、アレックスは過保護ともいえるほどセシルに惜しみなく愛情と学力を与えた。


 そうして、多少の魔力暴走を経つつも、まずは空間の裂け目を作る方法を――これを自分のバッグなどとつなげると、収納魔法となる――、そして徐々にその亀裂を広げ、16歳の時にはなんとか人が入れるサイズまで大きくすることが可能となり、セシルは移転魔法を習得できるようになった。とはいえ国境を超えるほどの長距離移動は未だ行っていない。現地に直接足を運んだことがあり、自分がその場所に立っているイメージを明確化できる方が、失敗が少ないためだ。そのため、領地の屋敷から出たことのないセシルは、部屋の移動くらいしかやったことはなかった。

 本格的な移転魔法は、貴族籍返還手続きをして平民になってこの場所から逃げだしてから、と成人を待っていたところに、いきなり王命が下った。


「お前のような化け物が王家に嫁げるとは」

「我が家に益となるべく、その命を王家に捧げろ」


 勿論お前が王太子妃として長くその地位にいられるとは思うなよ、との言葉と合わせて伯爵から無情に王命を伝えられたセシルは、彼らの前では一切その表情を変えることはなかったが心の中ではただ只管に泣いた。




    ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「大丈夫。王太子は王命の意味も理解できない馬鹿みたいだから」


 用事があったのか数日来られないと言っていたアレックスがセシルのもとへ現れたのは、王命により学園に編入するために領地から王都へ移動する前日であった。


「王太子には恋人がいて、そっちを王太子妃にしたいみたい。セシルの爵位が低いのも気に入らないみたいだし、きっと王太子とどうこうなることはないと思う…って王太子妃になりたいとか思ってた?」


 揶揄うようにアレックスがセシルに訊ねる。


「まさか。私が師と一緒に属性研究所で働くことを楽しみにしているのは、知ってるでしょう? それに、何より王太子妃になれば、待っているのは子供を産んだ後の毒杯でしょうに。それを望むほど、自殺願望はないわ」


 セシルは少し膨れた表情を見せる。

 アレックスと過ごすようになり、アレックスの前でのみやっとセシルは少しずつ表情を出すことが出来るようになった。

 普通の人に比べて、随分と小さな変化ではあるけれど、アレックスはセシルのその変化を見逃さない。よしよしと頭を撫でてから、少しだけ膨れたその頬にツンと人差し指をあてる。


「膨れないの。セシルの可愛いお顔が台無しだよ」


 アレックスは、よくセシルの頭を撫でて可愛いを連発する。セシルは、自分にそんな言葉をかけてくれた人間は今まで誰もいなかったので、アレックスに言われるたびに未だ頬が染まるが、その反面いつまでも子ども扱いされていることに、だんだん悲しくもなっていた。


 最初のうちは盲目的に師という存在を慕っていたセシルは、徐々にその気持ちが崇拝から師が重ねてきたその努力に対する尊敬へ、そして毒舌だけれどもセシルを常に守ろうとしてくれる優しさを携えた師本人への思慕へと変化してきたことに気付いていた。しかしながら師とは12歳も年が離れているため、師にとっては妹もどきか、あるいは同情されるような劣悪な環境にいたことに対する庇護欲でか、自分がまだまだ幼い子供に見えるからこそ、事ある毎に自分の頭を撫でてくるのではないかと思えて仕方がなかった。

 17歳は一般的には立派な淑女といえる年齢。婚姻は18歳からが一般的だが、16歳以降なら認められているため、婚約者でもない相手に頭といえどもむやみに触れられるのは良くないのでは、とは思う。


 そんなことを言えば、本来異性と二人きりで部屋にいること自体が問題ではあるのだけれど、とセシルは根本的な問題に突き当たる。伯爵家にばれないためには仕方がないとはいえ、ありえない状況のはず。それなのに、師が一切気にしている様子がないというのは、やっぱり妹くらいにしか見えてないということよね、とあまり成長していない自分の胸部を思い出しながら、こっそりとセシルはため息を吐いた。

 下手なことを言って、師が頭を撫でてくれなくなるのも、それ以上に自分のところに現れてくれなくなるのも嫌だもの。そう考える自分をずるいと感じながら、それでもセシルは何も言わないことを選択する。



「王命を何とかしないとね。本当だったら成人したらすぐ行う予定だったけど、卒業まで貴族籍返還を待ってもらってもいいかな?」


 申し訳なさそうにアレックスがセシルの顔を覗き込む。

 何か企んでいるらしいが、セシルは師が望むならどこまでも付いていくつもりでいるので、気にせず頷く。


「師の望むとおりに」


誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。

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