セシル 過去<7>
「さて、契約をしたいのだけれどいいかな?」
アレックスは契約魔法の施された羊皮紙をセシルに差し出しながら、問いかけた。
他の属性のように火事や水害、地震、暴風など目に見える形ではなく、誰にも知られることなく要人の誘拐が行えてしまう空間属性の移転魔法は、防御手段がないために危険度は高い。そのため、他属性であれば魔法研究所に所属する場合だけ契約魔法で契約を結ぶが、空間属性保持者はたとえ魔法研究所に所属しなくても、契約魔法をかけて使用を制限し、また宗主の命に従うことを了承しないといけない。
めったにないけど、属国が不穏なことをしているという噂が出たときは、隠密的なことをすることはあるからね、とアレックスは笑う。宗主国の一大事であるため、宗主と直接対面して依頼されるが、宗主の依頼が不当と思う場合は断る権利もある。ただ、断るにしても宗主にきちんと納得いく拒否理由を告げる必要があるため、物事に対して多角的、且つ論理的思考を持つものでないとならないのだ。
実は、空間属性保持者が師弟関係を結ぶには、ただ魔力があるだけではなく、この潜考力の有無が必要になる。わかりやすい一例として、『妖精の取替え子』には実は異なる真実があるのでは、などと自分で熟慮する能力があるかが、本人の性格と合わせて弟子と認められる重要な案件なのだとアレックスは告げる。
そのためにあえて、百年に一、二度、空間属性保持者たちが力を合わせて、わざと『妖精の取替え子』事件を起こしているというのが真相であったりする。事前に両家の両親の性格や家の配置、子供の就寝時間等の確認、及び事後のフォローもあるので、実は『妖精の取替え子』事件を起こすのはかなり大掛かりな手間と仕掛けを必要とする、外部に知られることのない魔法研究所の一大イベントである。
「だから、セシルが早い時点で『妖精の取替え子』の真実にたどり着いていたことが嬉しくて」
そうでないと、セシルの前に現れることが出来なかったんだよ、とアレックスは小さく笑った。
危険思想なしのアピールとして大人しくしているだけでは駄目だったことにセシルは衝撃を受けたが、自分がしっかり学んで考えて『妖精の取替え子』の真実にたどり着くことが出来たからこそ、弟子として認めてもらえたのだとセシルは自分で自分をよくやったと褒めたくなった。
先ほどアレックスが告げた内容が羊皮紙に箇条書きで記載されている。セシルはしっかりと内容を確認すると、丁寧に自分の名前を署名した。アレックスが師として了承署名をその下に追記し、印を紡ぐ。羊皮紙が一瞬虹色に淡く光り、契約の完了を示した。
それからアレックスは、自分の仕事の用事がない日は夜更けに現れるようになった。時間が遅いため、一日に教える時間はあまりとれないが、空間属性について、理論や体系をセシルが理解しやすいよう噛み砕いてゆっくり教えていく。
空間属性の名の通り、空間属性による魔法とは空間に裂け目を入れることが基本である。この空間の亀裂のサイズは、魔力量により財布程度から洞窟程度までさまざまで、人の移動を行う場合は、自分を一旦空間の裂け目の中に入れることが必要となる。それなりの魔力量が必要となるため、人の移動ができる空間属性保持者は実はあまり多くはない。また、自由にどこにでも行けるわけでなく、自分の持ち物かなにか目印になるものが移動先にないと、空間の裂け目から移動先に出ることが出来ない。
実は空間魔法は発動するには色々制約があるため、宗主国にいるアレックスがセシルのところへ様子を見に来ることが出来るようになったのは、セシルが血縁魔法を行った日より1年近くも経っていたという。理由は、ルーベルグが辺境の小国であったから。過去の空間魔法保持者は、ここまで遠方ではなかったらしい。知り合いの行商人――濁していたから宗主国の影か暗部の人かも、とセシルは推察し、あまり聞いてはいけないことだと言葉を飲み込む――から色々な伝手を使って、ラウンディード伯爵家までたどり着くよう手を尽くしてくれたのだとか。
誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。