セシル 過去<3>
それ以降セシルは、対外的には伯爵令嬢として生活をしているが、5歳までセシルが使っていた部屋は本当の娘が帰ってきたときに使用する場所だと伯爵夫人が譲らず、部屋は物置部屋、食事も使用人の余りもので暮らすような生活をするようになってしまった。
とはいえ伯爵家も秘匿義務があるために、セシルに対して不当な扱いをする理由を使用人たちに話していなかったが、神殿から戻って以降セシルを冷遇するようになった様子を見て、使用人たちはセシルには魔力がなかったため冷遇されているのではないかと噂するようになった。
伯爵も伯爵夫人もセシルの兄2人も、皆少量なりとも魔力を有しており、それを事ある毎に自慢していたからである。
冷遇されるセシルを見て、最初のうちはセシルに同情したり家政を取り仕切る伯爵夫人に待遇改善を訴えたりした使用人もいたものの、改善されるどころか伯爵や伯爵夫人から罵倒されている様子を見るにつけ、皆必要以上にセシルに近寄らなくなっていった。誰しも我が身が一番大事だったからである。
伯爵も伯爵夫人もセシルのことを疎んじてはいたが、神殿で我が子として登録されている以上、さすがに使用人のように扱うわけにはいかなかった。一時はセシルの毒殺も考えたようだが、殺害後に妖精界にいるであろう自分の本当の娘が、交換相手のセシルがいないために戻って来られなくなると困るので、とりあえず殺すことは諦めたようだ。
とはいえ、セシルを愛娘としてお茶会だの社交の場に一緒に連れ歩く気は全くなかったので、周りに聞かれたら外吹く風にすら熱が出るほど病弱だと言って、屋敷から出すことはなかった。
王宮で仕事を持っているわけでない伯爵は、基本は領地住まいであるが社交時期は家族で王都のタウンハウスに移動する。が、セシルは病弱のため静養が必要であると言い張り、一人領地に残していった。
伯爵は、教育は受けさせねばなるまい、と教師の手配だけは行った。万が一本当の娘が戻ってくればその娘は大事にするが、このままセシルが伯爵家の娘として育った場合は、どんな悪辣な相手でも良いから自分たちの利のある金や爵位のある所に駒として縁付かせるために、淑女教育含め各種教育は必要だからだ。
そのため、セシルには伯爵家令嬢として年齢に応じて教師がついた。勉強しかすることのないセシルは、かなり貪欲に学んでいった。
しかし、授業が終わり次第セシルは急いで物置部屋に戻る。途中で伯爵家の誰かと会えば、罵倒や時によっては暴力を受けるからである。特に、年の離れた兄たちは普段は王都のタウンハウス住まいで、学園や騎士養成学校へと通っていたのでめったに会うことはなかったが、彼らが帰省した時は出合い頭にいきなり存在が不快だと壁に叩きつけられ、顔面が血だらけになったこともあり、セシルとしてはいつも以上に気配を消すよう気を配らねばならなかった。まだ伯爵や伯爵夫人が行うものは罵倒が主で、機嫌が悪い時に行われる暴力も肩であったり背中であったりと、着衣の上から見えないよう多少の配慮はされていただけましであったかもしれない。
最初の頃は、セシルもごめんなさいとひたすら謝ってみたが、謝るくらいなら私の娘を返せ!と暴言が毎回暴力へと進化することがわかってから、ひたすら頭を下げ黙って時が過ぎるのを待つようになった。
実際その方が、暴力へと移行する率が低かったのだ。謝っていただけなのに泣き叫ぶその様子が煩いと殴られることも多かったので、涙を流すこともなく、その表情筋すら動かさないよう常に気を張っていた。実際、セシルには心を動かせるほど周りに気を許せる日々などほとんどなかったのである。
なので、皆が領地から確実にいなくなる社交時期だけが、セシルにとってほっとできる時間であった。その間は伯爵家の図書室も気兼ねなく使うことが出来る。自分を守るためにもまずは知識が必須、とばかりにセシルはひたすらに勉強を重ねていった。
誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。