セシル 過去<2>
さて、この世界には、『妖精の取替え子』という現象が昔から存在している。本来別々の場所にいる貴族の赤子が、ある日突然入れ替えられているという。
5歳になって神殿に連れてこられるが、双方の親と全く合致しない子供。片親だけであれば不貞の子供かと思われるが、父母どちらとも血縁がない場合、屋敷から出ることもなく護衛付きで安全に育てられたはずの貴族の幼子がどうやって取り違えられるのか。こうなると人間業ではないということで、かつてより妖精の悪戯のひとつと言われていた。
各地にある神殿の登録情報は宗主国にある主神殿に送られており、血縁魔法で『妖精の取替え子』の可能性ありとなった場合(実際には顔つきが全く似ていないので取替え子でないか、と事前に親から神殿に打診がある場合も多い)には主神殿に照会を取り、該当しそうな他の登録情報と照らし合わせ、遠方にいる本当の親子のご対面が行われることが百年に一、ニ度くらいはあるそうだ。
この『妖精の取替え子』は妖精の他の悪戯に比べて、一番大掛かりでたちが悪いと言われている。反面、この試練を乗り越えた子供は、その後妖精の加護を得るともいわれている。実際に『妖精の取替え子』と判明して速やかに元の場所に戻された子供たちは、その後不幸な生活を送ることはない。
過去には、『妖精の取替え子』であった子供が大人になって悪徳貴族に騙されて没落しそうになった時、悪徳貴族が作成したとみられる不正な契約書などがなぜか裁判所に届けられてその家が持ち直すことが出来たとか、運命的な出会いで良縁に恵まれたとか、妖精の加護を窺わせる事例は事欠かない。
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神殿内を驚愕の渦に巻き込んだ、セシルの『異質』な魔力。その場で神殿では結論を出すことが出来ず、セシルは一人そのまま神殿預かりとされた。そして神殿で様子見の結果、…というか高齢な神官長が過去の記録を調べるのが面倒くさくなったのか、3日もかけずに『異質』であるからには人間ではあるまい、という結論が出された。
『妖精の取替え子』の現象が現実としてあるならば、妖精は存在する。ならば、この『異質』な子は妖精の子だという、かなり強引な三段論法にて。
セシルは、既に両親との親子確認も終わっていたのに。その相貌は確かに両親とよく似ていたのに。今までに見たことがない魔力であるからと、ただそれだけの理由で妖精の子供とされてしまった。さらに、妖精はかなりの悪戯好きと言われているため、妖精が近くにいると知ったら被害を恐れる民の反感が強いであろうという神官長の判断で、伯爵家と王家のみにその内容を秘匿扱いとして報告し、建前上は魔力なしとして伯爵家に戻されることとなった。
しかし、戻された伯爵家も、セシルが妖精の子であれば自分たちの本当の子は妖精界に連れ去られているはずだと、ならば我が子を返せとセシルを責めたてた。何もわからない5歳の子に。
私たちの娘はあまりに素晴らしすぎたため、妖精に魅入られてしまったのだ、と叫ぶ伯爵夫人。通常の『妖精の取替え子』でないのだから、きっと辻褄合わせのためにいらない妖精の子供でも送り込んできたのに違いない、とセシルを小突き回す伯爵。セシルと血縁関係があったはずなのに、相貌が似ているのに、そう見えるのはすべて『妖精の取替え子』であるお前が何か疚しいことをしたのだ、と彼らは言って憚らない。
神殿に行くまでは自分に優しかった両親が、戻ってきたセシルに対して悪鬼のごとく醜悪な顔でひたすら罵倒するその姿は、セシルにとって恐怖でしかなかった。
誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。