セシル 過去<1>
公爵家・侯爵家の令嬢たちを差し置いて、伯爵家のセシルが王太子バーナードの婚約者に選ばれたのには表沙汰にできない理由があった。そして、セシルの人生が暗転したのにも。
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セシルが今までの日常を取り上げられたのは、5歳の誕生日だった。
もともと幼児の生存率があまり高くないこの世界では、出産時のお披露目というのはない。ある程度今後の生存が見込まれる5歳になって初めて、神殿に登録が認められる。その際に血縁魔法によって親子確認もされるため、縁故のない他者を勝手に嫡子にすることはできないようになっている。
セシルは神殿で親子確認を無事終え、伯爵家長女として登録はされた。だが、その際に神官長から、このような魔力は見たことがないと言われたのだ。過去に神殿に記録されている、火・水・土・風・光のどの属性の魔力でもなく、しかしながらかなりの魔力量があると。
魔力は、昔は大多数の人間が持っていたらしいが、現在では光属性を除いて平民に見られることはほとんどない。なぜなら、魔力持ち同士しか次代の子供に魔力が発現しないので、片方でも魔力なしの場合は魔力持ちの子供は生まれないためだ。はるか昔は魔力の発現は親の魔力の有無に関係なく完全に運だと思われていたため、平民は魔力を気にしない婚姻が続き、魔力持ちを減らす原因となってしまった。
なぜ、平民が魔力を気にしなかったのかというと、公的記録によるとそれは昔の魔力が桁違いすぎたことによると言われている。生活に密着した魔法である光属性――これは自己を守るための属性と言われるもので、治癒魔法、契約魔法、血縁魔法など(そのほか、過去に何例かしかない魅了魔法や洗脳魔法なども光属性に含まれるというがこれは御伽噺としてしか語られない)――なら日常生活で頻繁に使用されていたが、他属性は、山火事や津波、大地震、暴風雨など、制御不能に陥ると通常の自然災害をはるかに凌駕した力で周りに影響を与え、日常生活で使用するに丁度よい程度ということが難しかった。
そのため、生まれた子供が光属性であれば喜ばれたが、それ以外の属性は危険なために、平民の場合はもし魔力を持っていても光属性以外は使用を禁止されていたので、魔力持ちかどうかは婚姻時の判断基準になかったのだとか。
これは、実際には平民に力をつけさせたくないという、当時の王侯貴族の意図が多分に隠されていた。
もともと魔力は、魔力の質が安定しだす10歳前後から師について使い方を習わないと使用はできない。だが、使い方を習得してすら、魔力から魔法に変換する制御はかなり難しく、特に最初のうちは魔力暴走と呼ばれる自己に向けて魔法が暴発し怪我を負うことが多い。火なら火傷を、水なら沈溺するなど属性によっては死に直結することもあるため、師の傍で安全な状態で練習を行わないと大変なこととなるのだ。
それに、魔法に変換するその方法を会得することができても、感情が乱れると魔法が制御不能となることも多く、慣れないうちは上手に魔法を使うのはなかなかに至難の業であった。一般的に初歩魔法が使用できるようになるまで、2~3年くらいかかるといわれている。ただ、光属性についてはもともと治癒を伴う魔法であるため魔力暴走も起こらず――起きてもかえって体調が良くなる――、比較的短期間で習得ができるため、その限りではない。
こうした修練を経て使えるようになったある時代の王が、自分の魔法の威力が平民に負けていたことを怒り、平民の制御不能による異常現象を厳罰に処し、時によっては魔女狩りのごとく魔力量のある平民を狩りだした暗黒時代があり、平民の魔力持ちの多くはその姿を消したといわれている。
その一方で貴族は、魔力持ちであることを大事なステータスとしていたので、より強い掛け合わせを考えて魔力持ち同士の婚姻が勧められていたために、かろうじて魔力持ちが生き残ることが出来たといわれている。だが、その魔力持ち同士の婚姻であっても、次代の発現率は代々下がってきており、現在では生まれてくる子供に魔力が発現する確率は3~4割程度でしかない。
さらに、ここ数百年は生まれてくる子供たちの魔力量は激減しているようで、師が教える以上のことを弟子は使用できず、自分で新たな術を編み出すなど夢物語となっていた。
かつては切磋琢磨して高度な魔法を新たに作り出していたらしいという過去の文献などはあるが、今は宗主国の魔法研究所くらいでしかそうした研究もされていないようで、辺境の小国であるこのルーベルグなどでは、現在いる師たちの中には過去の文献にあるような大規模な魔法を行える者はもはやいない。使える魔法自体もかなり限られているような状況なのだ。
そんな中での新しい魔力――。誰も教えることもできない。すなわち絶対に魔法に変換することが出来ない魔力。けれど量は膨大。見なかったことにすべきか。神殿の中で議論は割れた。
誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。