アレックスの生い立ち
アレックス・フォーウッドは神童と呼ばれていた。
が、彼自身は自分が神童でないことはよくわかっていた。単に前世の記憶と呼ばれるものを持っていたにすぎない。それも朧気に。
それでも、赤子が泣き叫ぶこともせず思索に耽る様子は明らかに異常であったし、父母共にアレックスを普通の子供ではないと認識するのも致し方ないことであった。
彼は自分が言葉を話せるようになってすぐ、自分の思考が子供のそれでないことを伝え、だが所詮凡人でしかないことも併せて述べた。このまま神童と呼ばれても、10歳過ぎればただの人となるのは目に見えていたためだ。
彼の父、宗主国宰相であるフィッシャー・フォーウッドはそれならば彼に凡人でなくなるほどの教養を与えよう、と告げた。フォーウッド侯爵家は代々世襲して宰相職を継いでいるが、それは本来世襲制なわけではなく、侯爵家教育の賜物で他者を圧倒しているに過ぎないという。お前は宰相家の血を引いているのだから、前世がどうであれ今は教育如何で真の神童となれる、と。
真の神童ってなんだよ? と幼いアレックスは思ったが、それでも赤子用の玩具など渡されたところで遊ぶ気もなかったため了承し、特別に早くから侯爵家の教育を受けさせてもらうこととなった。教育はなかなかに面白くまた多岐にわたっていて、自分でも自身の成長をかなり感じることができた。
侯爵家には嫡男である5つ上の兄がおり、5歳の頃から侯爵家教育を受けていた。また、自分の2つ下に男女の双子が生まれており、彼らには乳母がつきっきりであった。母はあまり体が丈夫でなかったのに産まれたのが双子であったため、今もなお体調を崩しがちで安静にしているようであった。
アレックスは3歳にして授業も10歳程度の内容を受けていたし、授業のない日は日がな一日図書室に籠ることもあった。残念ながら礼儀、ダンス等の授業に関しては体の作りもあるため、もう少し体が出来上がるのを待つ必要があったが、座学のみであれば彼はかなりの域に達していたと思われる。
基本父は兄についていたが、時にはアレックスを交えて話せる範囲ではあるが政治の話をしてくれることもあり――時に宰相として物事を秤にかけた上で一方を冷酷に切り捨てなくてはならない案件などもあり、宗主や宰相というものの非道さ、及び冷静沈着さというものを考えさせられた――、非常にためになることも多かったが、同時に兄が自分に劣等感を持ち始めたのではないかと心配になった。
自分が父と議論を交わせるのは前世の大人としてのアドバンテージがあるからで、宰相職及び侯爵領は嫡男である兄が継ぐべきである。自分は王都にいる兄に代わり侯爵領を代理で治めることはあったとしても、兄の地位を奪うつもりは全くない。自分は早めにこの家を出ていくべきだと思い、その旨を父に相談し早めに将来の方向性を決めるべく考えていたところで、5歳となった。
神殿で登録された際に魔力を再度確認したいと言われその日はアレックスのみ神殿預かりとなったが、翌日には魔法研究所に席が作られていた。
魔法研究所では、フォスター所長が直々に魔法について教えてくれるとのことで、契約書に署名を迫られた。5歳の子供の署名にどれだけ法的拘束力があるのか疑問ではあったが、内容に問題はなかったし、所員になればこのままこの場所で暮らしてもよいと言われ、今後の兄の健全な将来のためを考え一も二もなく了承した。
勿論見た目上5歳の子供のためにすべてを一人で行うことは難しかったため、所長の持つ広い私室のうち一室をもらい、所長と共に暮らしながら学んでいくこととなった。
アレックスの前世というのは、この世界とは全く異なる価値観が跋扈する場所で、漠然とした記憶しかないものの幼い頃はその摺合せに苦労した。
時折顔を出す前世の価値観に引きずられた行動の歪さを説明するため、アレックスは魔法研究所で暮らすようになってすぐにフォスターに自分が前世持ちであることを伝えた。が、所長は宰相である父から既にアレックスの境遇は聞いていたらしく、そのために本来は10歳からしか師事させることのない師弟関係を特別に結んだのだという。
アレックスが自分の兄を思い遣り早めに家を出ようとしていたこと、その魔力の特殊さ、そしてその頭脳や時折みられる全く異なる価値観を多角的に解析できることなど、アレックスの性格やその潜考力は弟子として申し分のないものであったし、実技は10歳まで待たなくてはならないがこの頭脳であれば魔法研究所の特性からアレックスを次期後継者として育成するための時間も十分にとることが出来る、と自身の後継を2代続けて持てなかった所長は、アレックスを早めに弟子にできてほくほくであった。
本来魔法研究所は、宗主国の諜報機関としての役割を兼ね備えている。特に空間属性保持者は、時に目となり耳となることが出来るため、大事な諜報部員である。
他の属性に関しては、主に魔法狂いや魔法馬鹿と呼ばれる、なぜか魔法を極めることに特化した人間が魔法研究所の扉を自ら叩いてくるため、彼らが諜報部員として仕事をすることはあまり多くない。契約書も、よく読み込まないと諜報機関としての業務があることは分かりづらくなっているため、諜報機関として活動しないまま退職する所員も時にいるほどだ。
が、そうした所員は押しなべてコミュ障が多い。自分の研究に熱を上げるのは良いが、自分の気になる研究の話しかしない、相手の話を聞かない、研究所として宗主国から予算を分捕る気がない、自分の研究の成果なども含め、必要な事を内外に知らしめる気がない……等々、他者と関わるには致命的な欠陥を持つ者たちが多数であった。
そういったコミュ障たちではあるが、相手を同胞と認識するとある程度会話を成立させることができ、研究依頼なども受けてもらえるようになるのだが、同胞認識されるためには彼らの研究についてある程度の理解力を必要とした。そして、彼らが求める理解力というのが自分と遜色ないレベル……というかなり高度な次元であるため、彼らを纏める立場になるというのはそれこそ大変な努力を必要とすることとなる。
そのため所長の職に就くのは、研究だけを望んで魔術研究所に入ってきた他属性の魔法馬鹿たちではなく、必然的にある程度真っ当な部類である空間属性保持者がなることが多いのだが、それは同時に他属性の魔法論理に対しても高い理解力を持つ必要があるという、とても難易度の高いものではあった。
5歳にしてアレックスの頭脳は非凡であった。さすが宰相家の教育と言わざるを得ないとフォスターは唸るしかない。ところどころ考え方に黒い靄が出ている気がしないわけでもないが、諜報機関を束ねるためには、身内に対する懐の深さとその他に対する冷酷さは非常に大事な資質であり、アレックスは既に宰相家教育にてそれを兼ね備えていた。
後は宗主国及び魔法研究所を彼の身内として認識してもらうことが大事だとフォスターは考えて、より一層彼への教育を深めていった。




