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卒業パーティ


「セシル・ラウンディード、お前との婚約を破棄する!」


 卒業パーティの開始前ではあるが、ある程度卒業生がそろった頃合いを見計らって、本日卒業を迎えたルーベルグ国王太子バーナードは恋人と側近たちを引き連れて、壇上から会場全体に向けて叫んだ。


 ……せめて当人を呼び出してから目の前でいうべきでは? もし私がまだ入場していなかったら、恰好つかないんじゃないの? と諸々の準備で遅れて一人でやっと会場入りしたセシルは、入口間近でその大声を聞きながらやれやれと思った。


 本来であれば友人らと和気藹々と入るべきその場所に、セシルは一人で入場していた。残念ながら在学中に友人を持つことができなかったので。

 

 貴族は15歳から3年間王都で学園に通うのが一般的であるが、病弱という建前で領地に療養と称して隔離されていたセシルは、一年前に同い年の王太子の婚約者として抜擢されたために、急遽この最終学年を編入生として学園に通うこととなったのである。


 領地で家庭教師について学園で習う範囲は一通り終えていたので、授業内容については問題なく溶け込むことはできたが、それ以上に大変だったのは王太子妃教育であった。そのために学園内で友人を作る時間がなかったのもあるが、なによりバーナードが爵位の低いセシルを馬鹿にして蔑んでいたため、それに追随するおべっか使いたちや彼の恋人やらがセシルに嫌がらせを行っていたためだ。


 さりげなくセシルを救おうと動いてくれた令嬢もいないわけではなかったが、嫌がらせ筆頭が王太子の恋人で且つ公爵令嬢だったため、自分のせいで心優しいご令嬢たちが嫌がらせに巻き込まれてしまうことを忌避したセシルは、誰とも関わらず一人でいるようにし続けた。


 ――伯爵家など低い身分のくせに王太子妃を狙うなど、烏滸がましい!

 ――王太子と公爵令嬢の邪魔をする悪役!

 ――笑うこともしゃべることもない不気味な女!


 等々、壇上及び周りから罵声が聞こえてくるが、表情を変えることはないものの心の内でセシルはため息をついた。


 誰が王太子妃なんか狙ったというのでしょうね? これは王命だというのに。

 邪魔なんかしないから、王命無視していいならすぐにでも婚約解消したいと思ってたのに。

 そして、何より周りから虐げられ続けている人間がどうやって笑顔を作れると?


 セシルにだって言いたいことは沢山ある。ただ、今までの環境がセシルを寡黙にさせていたにすぎない。下手に反論すると、相手は激高し罵りは激しくなり、時には暴力まで振るう、ということを5歳からの生活でセシルは身をもって体験していた。反論はせず頭を下げ、相手に恭順の姿勢を取る――それが一番早く状況が収まることを、今までの経験からセシルは学んでいた。

 だからセシルは無表情を貫いたまま、ひたすら黙って待つ。


 そして、罵倒が一段落着いたところを見計らって、セシルは静かに声を発する。


「承りました。では、私の存在はお目汚しになりますでしょうから、ここで失礼いたしますね」


 王太子妃教育の賜物である優雅なカーテシーをしながら、セシルはもうこのまま消えて大丈夫かと考える。壇上まで距離はあるが、こちらを見ているようなので、了承の返事は聞こえているハズだ。


「待て! 我がアリーナにした狼藉、許しがたい! よって貴族籍を剥奪し、平民とする」


 仮にも婚約者を前に“我がアリーナ”って……。セシルは心の中でひとりごちる。

 自分は不貞してると堂々と宣言しているも同然なことに気付いているのかしら。

 それに狼藉って言われてもね。いつも徒党を組んで現れる公爵令嬢アリーナがセシルに対する嫌がらせ筆頭なのに、ぼっちのセシル側からいったい何が出来るというのだ。

 ましてや貴族籍剥奪とか。いくら王太子でも本来であればそんなことをする権利はない。


 セシルは片足を斜め後ろに下げたまま、まだカーテシーの途中である。

 そのままの状態で、より一層背筋を伸ばし彼を見つめる。


「……狼藉などは行っておりません。が、婚約破棄及び貴族籍剥奪のご下命、確かに了承いたしました。二度とお会いすることはないでしょう。失礼いたします」


 少なくとも彼は宣言した。入口には常に早めに行動をモットーとしているのであろう、卒業パーティに参加予定と思われる父兄もちらほら現れている。彼らにも状況がはっきりと伝わるよう、声を震わせながらセシルはあえて『婚約破棄』と『貴族籍剥奪』という言葉をゆっくりと繰り返す。

 

 王太子に人を裁く権利はないはずだが、ご下命だもの、伯爵家でしかない娘の身では聞かざるを得ないよね、と。弱々しさを醸し出しながら、入口近くにいる爵位持ちの父兄たちに言われた内容がきちんとわかるように。

 卒業生だけならいざ知らず、爵位持ちの大人の前でここまでアピールすれば、いくら王太子でもあとからこの宣言を覆すことはできまい。


 セシルは、王太子たちがまだ何か叫んでいるのを無視して、会場から足早に立ち去った。



誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。

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