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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

企画参加作品

少女リベルタの隠しごと

作者: 架け橋 なな

※注


本作品は、佳南玲子さんの作品の設定を、一部お借りして作ったものです。(許可はもらっています)


私なりに設定をいじったりしているので、完全なる二次創作ではありません。あらかじめご了承ください。




 たった一度の間違いが、取り返しのつかない事態を引き起こすことがある。それこそ運命をひっくり返す可能性だってある。……わたしがまさにその状況だ。


 深い深い森の中。わたしこと、リベルタは、もはや悟っている。この十六年の命が終わることを。


 信じたくないけど、現在わたしは見るからに凶暴そうな【巨人(ロッサ)族】に、胴体を掴まれている! しかも高々と持ち上げられ、恐ろしい目で睨みつけられているのだ!


 ああ。こんなことなら森へ逃げてこなきゃ良かったかな。わたしは過去の自分の決断を、心の底から悔やんでいた。



 時を少しさかのぼる。


 早朝。まだ皆が眠っている時間に、わたしはこっそり屋敷を抜け出した。動きやすい服と長めのマント、帽子を身に付け、大きな荷物を背負う。


 ひんやりした空気を思い切り吸い込んで、静まり返った裏通りを走った。町の出入口の門が閉まってるのは分かっていたから、町の周りを囲む石壁へと向かう。高い高いそれをよじ登って町の外へ降り立ったわたしは、近くの森へと進んでいった。──誰も立ち入ることのない、不気味な森へ。



 淡々と響く短い呼吸音と、生い茂った草が擦れる音。どれくらいの時間、走っただろう。


 耳下まで伸びた薄茶色の髪が、風にもてあそばれて鬱陶しい。でも止まりたくなかった。一刻も早く町から離れたかった。わたしが居なくなったのに気付いたら、きっと()()()は怒り狂ってわたしを探すだろう。捕まったらどんな罰を受けるか分からない。


「あんな所はもうたくさん! わたしは自由になるんだ! 誰もわたしを縛れないんだから!」


 頭をもたげてくる恐怖を振り払うように叫ぶ。どこまで逃げれば安全かなんて分からない。体力の続く限り、走っていくしかない。


 前髪が目にかかるのも気にせず、疲れた足を持ち上げて、加速──同時に何かにつまずいて、思い切り転んだ。


「……いったぁー!」


 とっさに両手をついたから顔は無事だったけど、てのひらがジンジン痛い。こんな時に、ほんとわたしったらドジすぎる。うっかりな自分に軽く落ち込みながら、のそりと起き上がった。いったい何につまずいたんだろう?


「ふわっ!?」


 地面を確認して思わず変な声が出た。だって目の前にはわたしの倍……いや、それ以上の大きさの男が寝そべっていたから!


 こ、これってまさか……巨人(ロッサ)族じゃないの? 話には聞いたことあるけど、ほんとに居るんだ。


 豪快に手足を広げて眠っている大男。短い銀髪に浅黒い肌、筋骨隆々の身体。上半身は裸で、下は腰布だけをまとってる。わたしはどうやらこの男の丸太みたいな腕に引っ掛かったようだ。


 うわ、なんてでっかい手なの! あれに潰されたら、骨が砕けるわね。こんなおっかない奴に気付かれたら最悪だわ、すぐにここを離れないと! そう思った矢先。


 バチッと目が合ってしまう。男が目を覚ましたのだ!


 やばいやばい! 早く逃げなきゃ! 焦るのに、わたしは怖くて動けない。心臓はバクバク。冷や汗がダラダラこめかみを流れていく。


 男は真顔でこちらを見ていたが、おもむろに上半身を起こして、大きな手でいきなりわたしの腰を掴んだ。


「きゃああああ! やだ! 離して!」


 わたしは叫んで手足をバタつかせた。身体をひねり全力で抜け出そうとする。なのにびくともしない。


 男は無言でわたしを睨んでいる。つり上がった太い眉。感情の読めない青い瞳。絶望で内臓が冷えていくような感覚がした。


 せっかく町を出られたのに、わたし、こいつに殺されちゃうんだ……!


 身体が縮こまる。諦めが心いっぱいに広がって、視界が涙で滲んだ。男はわたしの身体をゆっくり高く持ち上げて──なぜか、少し離れた所にそっと置いた。


「……あれ? え? 何、どういうこと?」


 現状を理解できなくて、つい普通に男へ話しかけてしまう。男はまたわたしを強く見て、地を這うような低い声で答えた。


「キレイな花、咲いてる。踏むの、ダメ」

「は? 花?」


 良く見ると、さっきわたしが転んだ場所に、オレンジの花がいくつも咲いていた。


 ええええ!? もしかして、花を踏まないように、わたしをどけたの? というか言葉が話せるんだ……。


「あのっ、ごめんなさい。急いでて気づかなかったの」


 動揺を隠して素直に頭を下げれば、男は小さくうなずいた。にこりともしないけど、わたしに危害を加えるつもりはなさそう。


 ああああ、良かった~~! 男の気が変わらないうちに、さっさとここを離れよう! そう決めてわたしは彼からさりげなく視線を外した。


「おい、待て」


 ビクゥッと背中が跳ねる。逃げようとしたの、ばれた?


「オマエ、ヒューラントか?」


 一拍、間を置いてから男が聞いてきた。【ヒューラント】とは、世界の大半を占めると言われている種族だ。


 わたしは黙って男を見上げた。それからぎゅっと帽子を頭に押し付けて、うなずいた。


「そうよ」

「オマエ、今からどこへ行く?」


 男は無表情のまま質問してくる。何でそんなこと聞くんだろう? 答えた方がいいのかな。でも正直これ以上、こいつと関わりたくない。わたしは考える振りをして、男からちょっとずつ距離を取る。


 十分離れたところで、「さよなら!」とだけ告げその場から逃げ出した。


 ほんと、無理! 頼むから追いかけて来ないで! と切に願いながら、森の木々の隙間をすり抜け走る。


 けれど突然、目の前に茶色いものが立ちふさがった。


「わぁっ!? 何っ!?」


 ぶつかりそうになり、慌ててかかとを踏ん張る。後ずさりして見ると、目の前にあったのは土壁……じゃなくて、男のてのひらだった。すぐ後ろに来てる! 背後から「行くな!」と怒鳴る声が響いてきて、軽くめまいがした。


「ここから先、肉食獣のすみか、ある。ヒューラントのオマエ、危ない」


 え? もしかしてわたしのこと、心配してくれてるの? こわごわ振り向けば、男は前かがみになってわたしと視線を合わせようとした。


「オレ、案内する。だからオマエ、この近くの町、帰れ」

「町に……?」


 ざわりと胸が騒いだ。その瞬間に頭をかすめる忌まわしい記憶。ヒューラントたちの見下した瞳。嘲笑。


 わたしは首を思い切り横に振って、拒絶した。


「いや。わたしは帰らない」

「肉食獣、ヒューラント食う。ここに居たらオマエ食われる。町の方が安全」

「安全じゃない! わたしは絶対に町へは帰らない! あんな所に戻るくらいなら、ここで死んだ方がマシよ!」


 一息に言い放つ。感情が高ぶって、声を荒げてしまった。沈黙の時がしばし流れる。……男を怒らせてしまったかもしれない。


「そんなにイヤか」


 意外にも男は気を悪くした様子もなく、驚いた顔でつぶやいた。わたしは深くうなずいて、できるだけ冷静に答えた。


「わたしはこの森で暮らしたいの。そのために町を出てきた。だから放っておいて」

「そうなのか」


 男は腕を組んで、何やら考え込んでいる。


「分かった。オマエ、オレのお気に入りの場所、住め。そこ肉食獣のきらう植物生えてる。安全」


「はいぃ!?」


 この男の居るところに? いや、無理無理むり! 怖すぎるもの!


 反射的に断ろうとしたけど、言葉は出なかった。わたしの耳が唸り声をとらえたからだ。


 何か居る!


 木の影に気配がした。噂をすれば、肉食獣がやって来てしまったらしい。しかも一匹だけじゃなくて何匹も隠れている。


「……うぅっ」


 冷たい汗が流れて、ゴクリとつばを飲み込んだ。巨人と肉食獣に囲まれる、小さいわたし。この状況、だいぶまずいんじゃない?


 選択肢は「逃げる」一択。だけどその隙が見つからない。どうする? どうすればいい!? 


 身構えたまま硬直していると、男が辺りを睨みながら、威圧感を発した。


「やめろ。彼女、攻撃するな」


 肉食獣はじわじわ近付いてくるが襲いかかってこない。男の巨大さに怯んでいるのだろうか。


 張り詰める空気。よだれを垂らし、わたしに襲いかかろうとする肉食獣たち。その気配を察知したのか、男は無言で左右の拳を握り、思い切り地面へ叩き付けた。


 次の瞬間、すごい地響きがして、激しい揺れが起こる。


 わたしはきゃあ! と叫んでお尻から転び、肉食獣たちは悲鳴みたいな声を上げひっくり返ってから、一目散に逃げていった。


「悪い。驚かせた。大丈夫か?」


 男は放心するわたしをひょいと持ち上げて起こした。ひざがガタガタ震えてうまく立てない。


 いや力、強すぎでしょ。地面えぐれてるし。……でも、わたしを守ってくれたんだよね? 


 彼は恐ろしい姿をしてる。けど、もしかしたら信用はできるのかもしれない。──迷いに迷ってから、わたしは探るように男を見据えた。


「肉食獣が居るのは今、分かった。安全なところに連れてって欲しい。あと……あなたはわたしを傷付けないと、約束してくれる?」


 強い口調で尋ねると、男はキッパリ宣言した。


「しない。オレ、約束守る」


 男の青い瞳は真っ直ぐにわたしを見つめ返している。嘘を言っているようには見えない。少なくとも、町の奴らよりは信用できる気がした。


「ありがとう。わたしの名はリベルタ。あなたは?」

「オレ、ドゥーロ」

「そう。よろしくね、ドゥーロ」


 わたしは彼と距離を置いたまま、ぺこりと一礼した。



 ──こうしてわたしは、森の奥地にある洞穴へと連れてこられた。


「ここはあなたの家なの?」


 洞穴の中に荷物を下ろしながら聞くと、ドゥーロは違うと答えた。


「オレの家、ない。ここ、雨と雪が降った時だけ使う」

「じゃあ晴れの時はどうするの?」

「地面で寝る」

「何も敷かずに?」

「そうだ」

「まるで野生動ぶ……ゴホッゴホンッ! いや、何でもないわ!」


 口が滑りそうになり、慌てて咳払いする。ドゥーロはわたしが言ったことが聞き取れなかったみたいで、特に何も反応しなかった。


 うーん。わたしなら、虫がわんさか居る地面では、一秒たりとも寝たくないけど。きっと感覚が違うのね。


 それからわたしは一人で洞穴付近を散策した。水と食べ物を確保するためだ。森の環境や植物のことは、本で調べて羊皮紙に書き記しておいたから不安はあまりない。ありがたいことに、すぐ目的の物は見つかった。森で生活するのに、食料が一番困ると思っていたので、これで一安心だ。それから、ベッドとなる台を作るために大きめの木を引きずって集めた。


 洞穴に帰るとドゥーロは入口で火を起こしたり、大量の山菜を料理したりしていた。大きな身体に不釣り合いな小さい鍋を使っている。最初は何かされるんじゃないかって(例えばわたしも料理されるとか)心配してたけど、ドゥーロは全然わたしに近づいたり話しかけてこなかった。


 夜になると、ドゥーロは洞穴の前で眠った。外は冷えるのに中で寝ないのは、わたしに気を遣ってくれたからだろうか? 彼が洞穴の入口を陣取っているので、わたしは獣たちの襲来に怯えずに済んだ。


 眠気が急に強くなる。わたしは屋敷から持ってきた古い敷物と掛け布を、昼間に作っておいた台に掛け、寝転がった。掛け布に潜ると、安心感と疲労でわたしはとろりと目を閉じた。



 ──町を出てから一週間後の朝。わたしは前触れなく体調を崩した。


 目を覚ますと寒気がして全身がだるい。いつもなら起きてすぐ食べ物を取りに行くけど、今日はちっとも動けなかった。


 食欲もなく、寝返りを打つのでさえ辛い。前日に汲んでおいた水を飲むだけで精一杯だ。


 時折、眠りに落ちると、悪い夢ばかりが繰り返される。町の奴らに追いかけられ、捕まって酷い目にあわされる夢だ。わたしは苦しくて何度も目を覚ました。


 もうろうとするうちにわたしは懐かしい人物を見た。お母さんだ。


『ごめんね、リベルタ。今日はこれしか食べる物がないの』


 お母さんは温かいスープとパンをトレーに入れて、枕元に差し出す。わたしは眉を下げて明るく言葉を返した。


『お母さん、謝らないで。お母さんがいつもがんばってくれてるの、わたし知ってるよ。大丈夫。わたし勉強できるし、もう少し大きくなったら働いて、お母さんにたくさん食べさせてあげる。だから心配しないで』

『ありがとうね、リベルタ。愛してるわ』


 お母さんが優しい表情で、わたしのおでこをそろりと撫でる。わたしはこの擦りきれた冷たい手が大好きだ。


 床に置かれた木の器。中にはお母さんが作ってくれた、野菜の切れ端のスープが入ってる。


 いい匂い。これなら少し食べられそう。わたしはそれに手を伸ばそうとして──ハッと気が付いた。


「お母さん、もう居ないんだ」


 わたしが幼い頃に、父親は行方不明となり、たった一人の家族だったお母さんは、二年前、過労で死んでしまった。わたしは会えるはずのないお母さんの、幻を見ていたのだ。それに気付いた瞬間、涙がぽたりと落ちた。


「淋しいよ……お母さん」


 不安で心細くてたまらない。一人ってこんなに怖いんだと改めて思い知った。気を紛らわそうと洞穴の外へ目をやれば、木々はオレンジ色に染まっていた。もう夕方なのだろう。遠くにドゥーロの後ろ姿がある。そして、いつの間にかスープと果実が、わたしのベッドの横に置かれていた。


 これもまた夢?


 そっとわたしは器に手を添えてみた。……温かい。わたしは重い上半身を起こして、スープを飲んだ。山菜の香りがする、優しい味。身体の奥にじんわりと熱が染み渡る。


「おいしい」


 ぽつりと呟いたら、さっきとは違う涙がひとりでにこぼれ落ちた。



 三日ほど経つと、寒気はなくなり動けるようになった。朝、起き上がったわたしは、洞穴の入口に座っているドゥーロの元へ歩いた。


 わたしは意を決して、彼に尋ねてみる。


「おはよう、ドゥーロ」

「ん。おはよウ」

「あのね、聞きたいことがあるんだけど」

「何だ」

「わたしが寝込んでる間、毎日、食べ物を持ってきてくれた?」


 ドゥーロは青い目をぱちくりさせた。


「どうしてオレだと分かった?」

「いや、だってここにわたしが居るのを知ってるの、あなたしか居ないから」

「……ああ、そうか。確かにオレしか居ないな」


 ドゥーロは視線を空に飛ばして、人差し指の先であごをかいた。まさか本気で気付いてなかったのかな。わたしは何だか急に笑いが込み上げた。


「あなたが助けてくれなかったら、わたし、死んでたかもしれない。本当にありがとう」


「……ああ」


 ドゥーロは少しだけ口角を上げた。彼の笑顔を見たのは、これが初めてだった。薄々感じていたことが確信に変わる。ドゥーロは見た目は近寄りがたいけど、優しい巨人なのだ。わたしは彼と色んな話がしたくなって質問した。


「ねぇ、ドゥーロ。あなたはずっとここで一人暮らししているの? 同じ巨人(ロッサ)族の仲間は居ないの?」

「仲間、昔は居た。けどオレたち巨人(ロッサ)族は同じところ住めない。すぐに食べ物、尽きる。だから離れて暮らす」


 そっか。身体が大きいから、たくさん食べなきゃいけないんだ。一緒に住むと森を壊してしまうのね。


「ドゥーロは一人で寂しくないの?」


 彼は眉をちょっとだけ下げて、首を横に振った。


「慣れたら平気。オマエは?」

「うーん、そうね。結構、寂しいかも。わたし、お喋りだから、話し相手が居てくれると嬉しいなって、最近は思うのよね。だからさ、ドゥーロ。わたしと友達になってくれない?」

「友達?」

「そう。その方が毎日楽しいと思うの。無理にとは言わないけど」

「…………オレ、考えておく」


 ドゥーロは複雑な顔をして、そのまま口を閉ざした。彼の態度が少し引っ掛かったけど、わたしは答えを気長に待つことにした。



 ──翌日の昼。ドゥーロは見せたいものがあると言って、手招きをし、ゆっくりと森の中を歩き出した。その大きすぎる背中を小走りで追いかける。どこへ行くつもりだろう?


 しばらく歩くと、細長い石が建っているのが見えた。わたしの背丈くらいの、白くてキレイな石。その手前に花がいっぱい咲いている。


 ドゥーロは石の前に腰を下ろし、わたしの方を振り返った。


「ここ、ヒューラントの墓。オレの友達、ここで眠ってる」

「え? そうなんだ」

「友達の名前、ランシア。年老いたヒューラントの旅人。オレ、ランシアにヒューラントの言葉教わった」

「へー。ドゥーロはもともと、言葉を話せなかったの?」

巨人(ロッサ)族の言葉だけ、話せる。でもヒューラントの言葉、分からなかった。ランシアはオレを怖がらず、毎日オレに話しかけた。言葉、分かるようになってから、色んなこと話した」


 ドゥーロの目が細められる。彼がランシアを好きなのが伝わってきて、わたしも笑顔になった。


「そっか。ランシアは良いヒューラントだったんだね」

「そう。オレ、ランシアと約束した。ここでずっと一緒に暮らそうと。でもランシア病気になって、急に死んだ。オレ、すごく悲しかった。だからもう、友達作らないと決めた」

「そう……」

「すまない。でも嬉しかった。リベルタが友達になろうと言ってくれて。それ、伝えたかった」


 ドゥーロは照れ臭そうに微笑んだ。わたしは心がほんわり温かくなって、ありがとうと返した。初めて会った時、何でドゥーロのこと、凶暴なんて思ったんだろう。話してみたら全然、怖くない。ドゥーロは素直で意外と繊細で、可愛らしい巨人だ。


 ランシアが羨ましい。わたしもドゥーロともっと仲良くなりたいな。


 ふと小さな願いが心に宿る。でもそれを無理強いするわけにはいかない。ドゥーロにはドゥーロの考えがあるもの。わたしはこのままご近所さんとして、いい感じの距離感で過ごしていこう。


 それに近づきすぎたら、わたしの『隠しごと』も、いつか分かってしまうかもしれないし。


 突如、びゅうっと吹いてきた風。飛ばされそうになった帽子を、わたしは素早く頭に押さえつける。ドゥーロはいつの間にかランシアの墓石を見つめていて、キレイな花たちは少し切なそうに揺れていた。



 ──『友達にはならない』


 そう決めながらも、わたしたちは徐々に交流するようになった。ドゥーロは危険な生き物から守ってくれたり、食料や水を運ぶのを手伝ってくれたり。わたしは料理をお裾分けしたり、ドゥーロに歌や踊りを教えてあげたりした。



 ──森に来てから四週間が経った。外は強い雨。どこにも出歩けず、ぼんやりしていたわたしに、ドゥーロが何かをたくさん持ってきた。わたしは慌てて帽子とマントをかぶる。


「ん? どうした?」

「ううん、別に! それより何か用?」

「ランシアの本、持ってきた。オレには分からないけど、オマエ読めると思って」

「わぁ! いいわね! わたし本って大好きよ!」


 子供のようにはしゃぐと、ドゥーロは目元をほころばせた。それから彼はわたしに背を向けて座り、何やらゴソゴソ作り始めた。


「ん? ドゥーロ、何を作ってるの?」

「これはヒミツ。見てはダメだ」

「えー。そうなの?」


 そう言われると余計、気になるじゃない! けどドゥーロはわたしが注目してると作業をやめてしまう。


 仕方なくわたしは彼から離れ、側にある本を手に取って開いた。


 何これ……すごいわ! こんなの初めて見た!


 ランシアは学者だったのだろう。世界の様々な生き物のこと、自然のこと、種族のことが本に詳しくまとめられていた。ところどころ絵も描かれていて、とても分かりやすい。


「へぇ。巨人(ロッサ)族は土から大人の姿で産まれるんだ。じゃあドゥーロは今、何歳くらいなんだろう?」


 夢中になって何冊も読んでいると、日記帳が出てきた。ランシアの旅の思い出、ドゥーロとの楽しい日々がつづられている。勝手に見てしまって悪いな、と思いながらも読み進めていると、途中から内容が変わった。


『ドゥーロは生まれてからもう二十年が経つと言っていた。巨人(ロッサ)族の寿命はせいぜい二・三十年。恐らく彼に残された時間は少ない』


 今まで流れるように書かれていた文字が、ここだけ酷く乱れている。ランシアの受けた衝撃と絶望が、ひしひしと読み取れた。わたしは動揺を隠せなかった。


「ドゥーロが、死ぬ?」


 かすかに声が出て、ハッと後ろを見た。幸いドゥーロは作業に没頭していて、聞いてないようだ。残り少ない寿命のことを知ったら、ドゥーロはショックを受けるかもしれない。このことは知られちゃいけない。


 わたしは激しい鼓動を感じながらも、再び日記を読んでいった。


 ランシアは何とかしてドゥーロを助けたいと考えていたらしく、その日を境に町へ出向いて情報を集め始めたようだった。日記の内容は、町で得た情報のメモに変わっていた。


『南の町で【ビコナ族】を見たという者が居た。ビコナ族は長命であり、様々な分野の知識と有していると聞く。探し出しドゥーロの寿命を延ばす方法がないか、尋ねてみよう』


 日記はその情報を最後に途絶えていた。ランシアはこの後、病気で亡くなってしまったんだろう。


 南の町。わたしの住んでた町だ。あそこに何か手がかりがあるの? もしもビコナ族に会えたら、ドゥーロが助かる方法が分かるかもしれない。


「でも……町へ出ればあいつに出会うかも」


 わたしはゾッとして身をすくめた。わたしは仕事を放り出し、黙って屋敷から逃げて来たのだ。見つかったら何をされるか分からない。


 ビコナ族が町に居る確証なんてないし、居たとしてドゥーロの寿命を延ばす方法を知ってるとは限らない。行ってもきっと無駄足になる。だったら行かない方がいい。


 わたしは自分に何度も言い聞かせ、日記を閉じた。それからモヤモヤする気持ちにふたをして、何食わぬ顔でドゥーロに本を返したのだった。



 ──それから三週間ほど経った頃。朝食を済ませたタイミングでドゥーロがいそいそ洞穴にやって来た。


「リベルタ。これ、やる」


 ドゥーロはにこりと笑ってわたしの手に何かをのせた。


「これは……?」

「『フワトン』という掛け布。昔、ランシアがオレ用に大きな布を作ってくれたから、それに鳥の羽根をいっぱい詰めた」

「えぇ!? すごい! ドゥーロって器用なのね!」


 フワトンを抱き締めると、柔らかくて温かくて気持ち良い。これにくるまったら良い夢が見られそうだ。


「もしかして、ドゥーロ、ずっとこれを内緒で作ってくれてたの?」

「そう。リベルタ、いつもマントと帽子つけて寒そうだから。これかぶるといい」


 ドゥーロの予想外の言葉に、心臓が跳ねる。あれは別に寒いわけじゃないの、とは言えず、わたしは無言でうつむいた。ドゥーロの気遣いに胸が絞られたみたいに痛む。わたしはほんとのことを隠してばかりだ。弱くて卑怯で最低な、悪い奴だ。


 わたしの隠しごとは、まだ話したくない。でもドゥーロのことは? このまま何もしないで、いいの? ドゥーロが死ぬのを分かってて、放っておくの?


 わたしはフワトンを固く握りしめる。そして心にある弱い自分を殴った。


 馬鹿! そんなのだめでしょ! 頑張れわたし。助けたいなら、勇気を出さなきゃ。ドゥーロは大切な──友達だもの。


「ありがとうドゥーロ。わたし、ちょっと大事な用を思い出したの。詳しくは言えないんだけど……今から町に行きたい。だからすぐに案内して」


 心配そうに眉をしかめたドゥーロに、わたしは重い口調で頼んだ。



 ──食料を少し持ち、間もなく森を出発したわたしたち。南の町の近くまで、ドゥーロは送ってくれた。さすがに目立ち過ぎて町には付いてきてもらえないので、石壁の外側で待っていてもらうことにした。


「もし困ったことがあったら、地面を拳でたたけ。巨人(ロッサ)族、大地の声、聞ける。たたけばリベルタの位置分かるから、オレすぐ助けに行ける」

「分かった。ありがとう。なるべく早く戻ってくるから」


 わたしは笑顔で手を振り、石壁を登って飛び越えた。それから商店街に行き、面識のないヒューラントたちを捕まえて、ビコナ族の情報を聞いて回る。それこそお年寄りから子供まで声をかけたけど、手がかりは何もなかった。


「やっぱり、簡単には見つからないよね」


 歩き疲れたわたしは、広場の噴水のふちに腰かけ、ため息をついた。別の場所に行くべきかもしれない。どこなら情報が集まるのかな。考えつつ不意に横を見ると、十歳くらいの男の子が居る。冷たい水を触って遊んでるみたいだ。まあるい髪型とくりっとした瞳は愛くるしくて癒される。わたしは一応この子にも聞いてみるかと、話しかけた。


「──え。びこなぞく? しらないよ。 おねえちゃん、なんでそれ、さがしてるの?」


 男の子はきょとんとして無邪気に尋ねてきた。可愛いいい! わたしはつい「友達の命を助けるためだよ」と正直に話してしまった。


「へぇえ、そうなんだ! そのともだちって、どんなびょうき? くわしくきかせて!」


 男の子は興味津々に詰めよってきた。ええと、困ったな。あんまりここでゆっくりしてられないんだけど。


 わたしが視線をさ迷わせたその時。見覚えのある馬車が街道に止まっているのに気付いた。


 あれはまずい! わたしは子供に「ごめん、もう行くね!」と告げてすぐ立ち上がった。早足でその場から離れようとする。しかしもう手遅れだった。


「こんな所に居たのか、リベルタぁ。あちこち探したぜぇ?」


 背後から声。……まさか!


 鳥肌が立って、血の気が引いていく。振り向かず全力で駆け出そうとすると、マントをぐいっと引っ張られてしまった。振り返れば、身なりの整った若い男──アロガンが嫌らしく笑っていた。


「ははーん? また逃げようったってそうはいかないぞ。お前には自分の立場を、これからたっぷり分からせてやらなきゃならないからなぁ」


「いやぁっ! 触らないでっ! 離してっ!!」


 暴れようとした瞬間、腹を思い切り殴られた。痛みで目の前が暗くなって、わたしはそのまま意識を手放してしまったのだった。


 

 ──バシャッという音と、冷たい感触が襲ってきて、わたしは目を開けた。


「ようやくお目覚めかぁ? のんきな奴だなぁ」


 嘲る声が聞こえた。すぐさま覚醒したわたしは、身体を起こしかけて地面にうずくまる。動けない。手足を縄で縛られている。憎しみを込めて前を睨むと、アロガンがバケツを手にしているのが見えた。恐らく水をかけられたのだ。前髪が顔に張り付いて気持ち悪い。


 辺りの様子をうかがう。見覚えのある景色と獣の匂いがする。ここはたぶんアロガン所有の馬小屋だ。わたしは気絶させられ、ここに連れてこられたんだ。町中でわたしを痛めつけたら目立つから。


 この男──アロガンはわたしの働いていた屋敷の主人だ。下品な喋り方だけど、一応、由緒正しい貴族の男。性格はハッキリ言ってクソ以下。わたしの仇だ。


 アロガンはわたしの態度が気に食わなかったのだろう。バケツを投げ捨て近付いてきて、わたしの襟首をぐいっと引っ張り上げた。


「勝手に逃げ出して、よくもこの俺の手を煩わせてくれたなぁ。 この出来損ないめ!」


 大声で怒鳴りつけてくるから、耳がキーンとなる。さらにアロガンはまくし立てた。


「死んだ母親の借金を返せず路頭に迷っていたお前を、屋敷で働かせてやったのに! この恩知らずめ! お前も母親と同じで役立たずだ!」

「はぁ!? お母さんのことを侮辱しないで! そもそもお母さんが死んだのは、あんたたちがちょっとのお給金で奴隷みたいに働かせたからでしょ! 働き者だったお母さんは、本当なら借金なんてしなくても暮らしていけたのよ!」

「おいおい、また口答えするのか? どうやら忘れたらしいなぁ。お前がどういう立場なのかを!」


 アロガンは襟首から手を勢いよく離した。わたしは地面に側頭部をぶつけて目をつぶる。顔を上げると、アロガンが小屋の隅にあった長い鞭を拾っていた。……()()やられる。背筋に冷たい物が流れていった。


「お前は俺が買ってやったんだ。だからお前に文句を言う権利はない。主人に逆らうとどうなるか、今からじっくり思い出させてやるよぉ!」


 わたしは手足を激しく動かし縄を抜けようとした。逃げられない。こんな奴にまた逆らえない。


 悔しくて悔しくて、両方の拳で地面を殴る。視界の端に大きくしなる鞭をとらえた。鋭く風を切る音がする。強い痛みが来ると身構えた。その瞬間──


「うわああああ! 逃げろー!!」


 外から叫び声がした。大勢のヒューラントたちの足音もする。


「いったい何だ! 騒がしい!」


 アロガンが苛ついた様子で馬小屋の入口へ向かった。そのすぐ後、ドアと壁が派手な音と共に吹っ飛んだ。ついでにアロガンも吹っ飛ばされて地面をゴロゴロ転がる。


「ぎゃあ! な、何だぁ!?」


 土煙の向こう側。立っていたのは、わたしの大きな友達だった。


「見つけた」


 ドゥーロはわたしを見下ろし呟いた。探しにきてくれたんだ!


 アロガンはドゥーロを見て震え上がっている。


「何だ、お前……!?」


 ドゥーロはゆっくりこちらに近付いてきた。アロガンは泣きそうな声でわめいた。


「ぎゃぁあああ! やめろ化け物! こっちに来るな!」


 直後、町の警備隊が一斉に駆けつけてきて、ドゥーロを剣で切りつけようとする。


「危ない! 後ろ!」


 とっさにわたしは叫んだけど、間に合わず何本もの剣が、ドゥーロのふくらはぎに強く当たった。でも剣は全てポキッと折れて、刃先が遠くに飛んでいってしまった。


「? オマエたち、邪魔をするな」


 無傷のドゥーロは重々しい声で警備隊に告げる。彼らはうぁあああ! 化け物だ! と叫びながら逃げていった。


 ドゥーロはアロガンとわたしに少しずつ近付く。


「く、来るな! 頼む! 殺さないでくれ!」


 ドゥーロは首を傾げ、さらに進む。そもそも彼は、わたしを探しに来ただけで、アロガンに危害を加えるつもりはないのだ。


 アロガンは後ずさりしながら奇声を発していて、情けない姿だった。しかし何を思ったのか、わたしを起こしてドゥーロの前に突き出した。いつも身に付けてる、マントと帽子を剥ぎ取って。


「そうだ! 殺るならこの女にしろ! こいつは俺の物だ! 何をしてもいい! なんてったって『神の失敗作』の、【獣人】だからな!」


 放り投げられたマントと帽子。あらわになったわたしの猫耳と、薄茶色のしっぽ。


 隠していた秘密を勝手に暴露され、唖然とするわたし。ドゥーロはぽかんとしてつぶやいた。


「リベルタは、ヒューラントじゃないのか?」


 彼はとても悲しそうな瞳をしていた。わたしがずっと嘘をつき続けていたからだろう。後悔と申し訳なさで胸が潰れそうになる。


 だけど獣人だと知られたくなかった。傷付くのが怖かったのだ。これまで出会った奴らは、わたしが獣人だと分かると、みんな態度を変えたから。獣人を奴隷にする制度がなくなって時代が変わっても、見下す奴はどこにでも居た。わたしたち獣人は、ヒューラントに他の動物を足したような姿で、中途半端な生き物だから。


 昔から「獣臭い」とか「汚い」と罵られることもあったり、勉強や仕事をちゃんとしていても、「獣人のくせに生意気だ」とつばを吐かれたこともあった。アロガンの屋敷に来てからは、従順にしていなければ馬小屋に閉じ込められ、鞭で何度も叩かれた。『神の失敗作』と蔑まれ、何一つ価値を認めてもらえず、劣悪な環境で働かされる毎日。


 わたしはその地獄に耐えられなくて、町から逃げたんだ。



「リベルタは獣人なのか?」


 ドゥーロの問いに、アロガンは笑みを浮かべ早口で答えた。


「ああ、そうさ! こいつは山猫族の獣人で、俺たちヒューラントとは違う! 下等で汚らしい生き物なんだよ! だから殺したって何したって構わない! こいつには生きてる価値だってないんだからな!」


 ドゥーロの瞳が大きく見開かれる。わたしは怒りと悔しさで唇を噛んだ。なんて惨めなんだろう。言い返したいのに、心がナイフで真っ二つに切られたみたいに痛くて、言葉にならなかった。


 ドゥーロはわたしを見下ろしている。そして突然手を伸ばしてアロガンを片手で捕まえた。


「うわっ! な、何するんだ! 降ろせっ!」

「オマエ、リベルタを馬鹿にするな」


 ドゥーロはアロガンを持ち上げた。地面から足を浮かせたアロガンは、真っ青になってブルブル震えている。


「リベルタは賢い獣人。森で生きるための方法、たくさん知ってた。リベルタは優しい獣人。オレの気持ち分かって、尊重してくれた。……オマエ、リベルタにひどいこと言って悲しませた。許さない!」

「そっ、その獣人がお前の何だって言うんだよ!そいつをどう言おうが、お前に関係ないだろっ!」

「関係ある。リベルタはオレの──友達だ!」


 ドゥーロの揺るぎない言葉に目頭が熱くなる。彼はわたしが獣人だと分かっても、見下したりしない、真っ直ぐな瞳で友達だと言ってくれる。喜びが心の深いところからあふれてきて、止まらなかった。


 ドゥーロは怒りに満ちた顔で、ぎゅうっと手のひらに力を込めた。アロガンはうめき声を上げている。いけない! このままじゃドゥーロが重罪人になっちゃう!


「だめよドゥーロ! わたしのために、手を汚さないで!! あなたが命を奪うところなんて、わたし見たくない!!」


 彼の足下まで這っていって、懇願する。ドゥーロはわたしを見据えた。激情に支配された目付き。澄んだ瞳の奥に、青い炎が揺らめいているみたいだった。それでもわたしは怯まずに彼を説得し続けた。


「わたしのことはいいから、お願い!」

「良くない! コイツはリベルタを傷付けた! 悪いヒューラントだ!」

「もういいの! だってドゥーロが怒ってくれたから! 友達だって言ってくれたから! それでわたしは十分なの!! お願い!! もうそいつから手を離して!!」


 顔を上げ、懸命に声を張り上げて頼み込む。しばらくするとドゥーロは太い眉を下げ、アロガンを地面へ落とした。その後すぐにわたしの手足の縄を、折れた剣の先で切り、マントや帽子と共に抱き上げた。温かくて固い筋肉に包まれ、緊張が解ける。


 ドゥーロは私を抱えたまま、地面にへばりついているアロガンに目を合わせ「おいオマエ」と恐ろしい声で呼びかけた。


「友達の頼みだから、命は取らない。でもリベルタにもう関わるな。次リベルタの前に現れたら、オマエの頭、握り潰す」


 ドゥーロが殺気を放ちながら宣言すると、アロガンは悲鳴を上げ「も、もう関わりませぇええええん!」と泣きながら失禁した。顔を真っ赤にして鼻水まで垂らしている。あんなに偉そうにわたしを見下していたのに。どっちが汚いんだか。


 溜飲が下がる思いがして、わたしは口角を上げた。それからドゥーロに連れられ、外へ出た。


 ヒューラントたちはドゥーロを恐れて逃げ出したんだろう。町はひっそりしていて、空は紫に染まりつつあった。


「いやー。久しぶりに面白いもの見せてもらっちゃったな」


 わたしたちの目の前に、小さな小さな男の子がちょこちょこ歩いてくる。よく見ると、昼間に話を聞いた子だった。


「あなたは、逃げないの?」

「だって、その巨人が君の友達なんでしょ? だったら安心だと思って。それに、何か僕に聞きたいことがあるんでしょう?」

「え? じゃあまさか」

「そう。僕はビコナ族だよ。ヒューラントの子供に化けて、ここに住んでるんだ。内緒だよ?」

「あ! 会いたかったです!」

「で、巨人(ロッサ)族の命を救う方法を探してるんだよね?」


 ちょ! この子バラしちゃった!


 わたしはドゥーロの顔をさっと見上げた。でもドゥーロは平然としている。もしかして、短い寿命のこと、知ってたのかな?


「オレの寿命、延ばせるのか?」

「うーん。僕には分からないね。でもビコナ族の長なら何か知ってるかも。ビコナ族の村への行き方を教えてあげるから行ってみなよ」

「わー! ほんとですか! ありがとうございます!!」


 わたしは嬉しくて、ペコペコ頭を下げた。小さな彼は、魔法で紙とペンを出し、地図を描いてくれた。


「さて。ヒューラントに正体がバレると面倒だから、もう行くね。お二人さん、幸運を祈ってるよ」


 ビコナ族の男の子は、走って建物の影に消えていった。



 町を出て森へ向かうわたしたち。何となく気まずい雰囲気だ。でも色々ちゃんと話さなきゃいけない。わたしは思い切ってドゥーロに声をかけた。


「あの。今までヒューラントだって嘘ついてて、ごめんね。わたしドゥーロに嫌われたくなかったの」

「ん。大丈夫だ。気にするな。獣人差別があるの、ランシアから聞いたことがある。リベルタ、自分を守るために嘘ついたんだろう?」


 コクンとうなずくと、ドゥーロはなら仕方ないと朗らかに笑った。肩の力が抜けて泣きそうになった。


「ドゥーロは寿命のこと、知ってたんだね」

「オレの仲間が昔、教えてくれた。オレ、死ぬのは悲しくない。産まれてきた場所に還るだけだから」

「そっか」

「リベルタは、オレを救うために町へ来たのか?」

「うーん。ちょっとそれは違うかな。わたしは自分のために、ここへ来たの。ドゥーロに長生きして欲しかったから」

「何でだ?」

「だってわたし、ドゥーロのこと、好きだもの」

「……オレも、リベルタが好き」


 唐突に真剣な声と曇りない眼差しを向けられて、思わずドキッとする。


「リベルタ、オレの大事な友達だから」


 なーんだ。そっちの「好き」か。勘違いしちゃったじゃない。


 内心ちょっとがっかりしてる自分がいる。顔がやたら熱いけど……何で?


 両手を頬に当て眉間にしわを寄せていると、ドゥーロは不思議そうにわたしを見下ろした。


「オレ、死ぬのは怖くない。でもリベルタとはもっと一緒に居たい。だからオレ、ビコナ族の長に会いに行く」

「うん。わたしも行くよ。寿命を延ばす方法を見つける旅に」


 わたしはひらりと地面に降り立ち、手を挙げる。


「うん、行こう。オレたち二人で」


 ドゥーロはしゃがんで、慎重にわたしと手を重ねた。


「そういえば、マントと帽子はつけないのか?」

「うん、いいの。今は必要ないから」


 あなたがわたしを認めてくれたから。もう隠さないよ。


「そうか。その方がいい。リベルタの笑った顔、良く見えるから」



 わたしたちはゆっくりと並んで歩き出す。見上げれば広い空には、角砂糖を砕いたみたいな星が一面にちりばめられている。帽子とマントが無くて、軽くなった頭と背中。久しぶりに耳としっぽをうーんと伸ばしたら、風がひんやり気持ち良くて。これから、どこまでもどこまでも、自由に飛んでいけそうだった。





【おしまい】

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― 新着の感想 ―
[良い点] えええ、そんなとこから始まっちゃうの……とオロオロしながら読み始め、読了まであっという間でした。 優しいドゥーロ、好き。これは惚れるやろ( ´艸`) リベルタが獣人で差別を受けていたと知…
[良い点] ご参加ありがとうございます~! ななさんの新作が読める喜び。 ファンタジー(´▽`*) 以下、時系列での私の心の声をお送りします。 リベルタちゃん壁よじ登ったのすごいです( ゜Д゜) …
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