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第六話 夢を

 じゃらじゃらと袋の中に入っている硬貨が音を出す。

 できるだけ音を出さないようにと思っていたって、そんな方法は分からないし、少しでも袋が動けば音が出る。


 レナのぶんぶんと振られている尻尾の方が静かだ。


「誰にも襲われずに帰れるかな」


「大丈夫ですよ! 主人はドラゴンにだって勝てますとも!!」


 ドラゴンには絶対に勝てないと思うし、そんな保証をする前に静かにしてほしい。

 誰かに気づかれるだけで息苦しい。少し押されてしまえば簡単に中身がこぼれてしまいそうなほど袋には金が詰め込まれている。


 どうせなら二日間に分けてもらえば良かったかもと、後悔する。

 見た目の衝撃で考えが全て吹き飛んでしまったのが悔やまれる。もっと頭使ってくれよ、俺。


 大金の使い道に使う脳みそがあるのならば、安全に持ち運ぶ方法を考える脳みその方がほしかった。

 帰るまでに盗まれたら意味がない。


 豪遊だってそうできるわけでもない。

 このお金がなくなってしまえば終わりだ。


 嫌でも慎重になってしまう。

 ましてやついさっきまで金がなくて困っていたような人間が大金を手に入れて、一丁前に豪遊なんてする勇気あるわけないし、持っているだけでも不安になる。


 心に荒波が立っている。

 今すぐ捨ててしまいたい。


 いや、捨てたくはないけど。


「それにしてもこの街は夜だというのに明るいですね」


「ああ、冒険者が多いからね。飲んだくれ共が酒場にたむろしてギリギリまで酒を飲んでるんだよ」


 ある程度の収入を確保することのできるこの街でも上位の冒険者たちがいる酒場。

 みな、俺がしている薬草採取やゴブリン退治なんかに目もくれず、貴族の護衛やもっと上位のモンスターの討伐と言った危険な分報酬が多い依頼をこなしている。


 俺とは比べられないほど、冒険者人生を満喫している奴らと言えるだろう。

 初めて街に来たとき、あの酒場の光景にどれだけ憧れたことか。


 明るく輝く街並みに、重そうな鎧や傷のたくさん入った武器を持ってエールの入ったジョッキをぶつけ合う。

 若者憧れるにしては少々汚い大人すぎるかもしれないが、俺にはその光景がとてもきらびやかに見えた。


 これが、冒険者なんだと初めて見る冒険者たちの娯楽に胸躍った。

 そのときは、自分の才能なんて知らなかったから。


 何度も後悔するなんて未来。

 見えていなかった。


「いつか、あそこで大金持って全部俺のおごりだ! なんて言ってみたいと何度夢見たことか」


「それなら、そのお金ですれば良いじゃないですか」


「え」


 確かに。

 そう思ってしまった俺がいた。


 無計画に、その場の気分だけで過ごす。

 荒れたと言ったら失礼だが、冒険者らしさとはそういった部分にあると思っている。


 なら、今できる。

 目の前にあるこのお金で、俺の夢が一つ叶えることができる。


 このお金さえ。

 金……。


「いや、いいよ」


「良いんですか?」


「ああ、このお金は俺たちの未来のために使う」


 一度豪勢な生活をしたら、もう戻れない。

 質素な暮らしは惨めかもしれないけど、これも明日のためだ。


 そう今まで自分に言い聞かせてきたというのに、金を手に入れた途端これだ。

 俺は、大金を持つべきではないかもしれない。


「レナも、こんな馬鹿なこと言ってる奴笑って良いんだぞ。そんな金を一瞬で使い切るような馬鹿なこと」


「いえ、私は笑いませんよ」


「そうか? そんなことしても無駄ですよ!ぐらい言っても良いんだぞ」


「いえ、主人は私の夢も笑いませんでした」


「夢?」


 夢なんて語っていただろうか。

 ……ああ、もしかして村の掟のことか?


 あの大型モンスターの討伐って言ってたやつのことだろうか。

 確かにすごいことする部族だなと思いはしたが、特段笑う内容でもないかったと思うけど。


 それに、レナの掟を笑うほどの身分ではないし。

 冒険者の才能がないと自分でも分かっているのに、未だにすがっているような自分がどう笑えって言うんだ。


「大型モンスターの討伐は、別に村の掟でもなんでもないんです」


「え、そうなの?」


「はい、あれは自分を認めてくれない村のみんなを見返すために私が自分に課した枷です。見返してやるって思って、自分自身に課したんです」


 そういうことだったのか。

 大型モンスターの討伐は確かに素晴らしい実績だ。


 だが、村の掟にするには違和感はあった。

 もしそんな部族がいるのならもっと名が広まっているだろうし。


 毎年、大型モンスターに挑む獣人の話があるはずだ。

 そんな掟あるんだと、驚きはしていた。


「今まで主人に出会うまで、私がこの夢を語った者たちは皆笑いました。滑稽な夢物語だと、聞いた瞬間、面白い話だと笑われました」


「……」


「でも、主人は違います。私の話を信じました。お人好しだと言われればその通りかもしれませんが、主人だけは私の夢を信じました。笑うことなく、認めてくれました」


 馬鹿馬鹿しい話では今思えばあった。

 こんな小さな女の子が、大型モンスターの討伐をするなんて、扱われるとしたら喜劇だろう。


 どうして自分は、その話を聞いて冗談だと思わなかったのか。

 その発言を真に受け、疑おうとしなかったのか。


 そう問われると。

 答えとしては、何が適切なのだろう。


 そうだな。

 答えとしては。


「君が言う夢は、とても俺と似通って見えた。周りの誰もが止めているのに、自分自身だけは自分を疑わず、がむしゃらに前へと進もうとする」


 その光景が、まるで俺を見ているように感じた。

 冒険者の才能がないと、散々言われていながら諦めきれない俺を。


 見ているようだった。


「俺に君の夢を笑う資格はない。俺も、君と同じように酔狂なほどに自分を信じているから」


「……そう、ですか。なら、私も主人の夢は笑いません! 勇者でもドラゴンスレイヤーでもきっと主人ならなれます!!」


「いくらなんでもスケールがでかいわ」


 レナの頭をくしゃくしゃとなで、俺は笑う。

 勇者にもドラゴンスレイヤーにもなるつもりはないし、それに俺がさっき語った夢は酒場で全員をおごるなんて実に小規模なものだ。


 レナが掲げている夢と比べると、酒場の話も俺がずっと思っている本当の冒険者になりたいという夢も、実に小さい。小さすぎる。

 俺よりも先に、レナの方が夢を叶えそうだ。


 レナの実力なら、きっといつかドラゴンやケルベロスだって倒せてしまう気がする。

 俺みたいな弱小じゃなくて、しっかりとした強いパーティーに所属すればあっという間に夢を叶えられる。


 そう思えるぐらいには、レナは強いし。

 俺は弱い。


「んん、お前……」


 そのとき。

 聞き覚えのある声がした。


 体がすくみ、心臓が口から飛び出そうになるほどに恐怖する。

 会わないようにしていたのに、わざわざ夜にもらいまでしたのに。


 長居しすぎた。


「『万年初心者』~、こんなところで、ひっく、何やってんだ~」


「なんでもないよ、だから、もう行かせてくれ、アクラム」


「ずいぶんとよ~、付き合い悪いな」


 酔っ払っている。

 ふらふらとしていて、今にでも倒れそうだ。


 なのに。

 それほど戦闘ができるような状態では、相手はないというのに。


 俺は。

 彼に恐怖していた。

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