第五話 夜に舞え
「あれ、早いですね」
いつも日が沈む少し前ぐらいに帰ってきていたので、早すぎる帰還にネヒリさんが目を丸くしながら反応する。
この人ってこんな顔するんだ。
「はい、レナのおかげで」
「なるほど、そういうことですね」
何かが分かったらしい。
一体何に納得されているのかは、俺は分からない。
「それじゃあ。これ、依頼の品です」
俺が薬草の束を取り出した瞬間、組合内の空気が変わった。
まるで時が止まったかのように他の受付にいる受付嬢の動きは止まったし、奥にいる職員もその動きを止めた。
また、後ろでぐだぐだと愚痴を言っていた冒険者の声も聞こえなくなった。
が、時が止まっていない証拠としてネヒリさんの手は依然として事務作業を続けているし、レナは尻尾をたてながら唸っている。
「はい、こちらに置いてください」
「依頼の三束です。多分、これで三束分の量になると思うんですけど……」
後ろが騒がしくなってきた。
ちょっとした小声程度の声だったのに、だんだんとその声量が大きくなってきた。
「三束分で間違いありません」
「あと、これゴブリンの耳です。三体分の報酬をもらえますか?」
「かしこまりました」
さっとゴブリンの耳を受け取り、ネヒリさんは後ろへと下がっていった。
その瞬間、周囲の時間が動き出した。
「嘘!? あの万年初心者が依頼の達成だと!?!?」
「ありえない、ありえないわ。人類の絶滅でも示唆しているの!?」
「というか、あの獣人誰だよ! アイツとパーティー組みたがるような物好きがいたのか!?」
冒険者も受付嬢もみんな、同じような反応を示している。
俺が依頼を達成したという事実に、心の底から驚愕しているようだ。
実は、俺も心の中では踊っている。
踊り狂っている。
が。
かっこよく決めようじゃないか。
飄々とした態度でこのまま組合を出て、かっこいい冒険者として雰囲気を手に入れたい。
憧れていた、冒険者として胸を張ってここを出てみたい。
依頼失敗で落ち込みながら、そして周囲の冒険者たちに笑われながら出るのではなく。
自信満々に胸を張りながら、周りから驚かれながら出る。
これほど気持ちの良いことは今後きっとない。
そんな貴重な体験を逃したくない。
「こちら、依頼の報酬とゴブリン討伐の報酬です」
「ありがとうございます」
渡された硬貨をさっと袋に入れて、俺はきびすを返す。
これ以上ここにいる意味はない。かっこよく帰ろう。
「行くぞ」
「はい、主人!」
レナを呼び、足音を少し大きめにならしながら冒険者たちが作戦会議をしている机の間を進む。
皆の視線が俺の方を向いている。
緊張で心臓がバクバクいっているが、ここで転ぼうものなら一生の恥だ。
失敗できない。今までの依頼以上に失敗できない。
足音が
ひびく
風の音が
扉を抜ける
全ての視線が
俺に向けられる
「それじゃあ」
扉に手をかけ、あくまでネヒリさんに向けてですよ感を出しながら俺はそう言って組合から出る。
華麗に転ぶことも、どこかで茶化されることもなく。
俺は。
自らに与えた依頼を達成した。
☆☆☆
「ずいぶんとかっこよかったですよ」
「いや、本当に恥ずかしいので掘り返さないでください」
夜、盗賊の懸賞金を受け取るために俺とレナは再び組合に来ていた。
施設内には誰もおらず、いつもの喧騒を忘れてとても静かな空間となっていた。
「いえ、かっこよかったですよ! 主人!」
「レナも同調しなくていいから」
「その子、レナって言うの?」
「え」
そういえば、ネヒリさんにレナのことを紹介してないな。
基本的に組合にいるときは俺の後ろにいたから忘れていた。
「昨日の盗賊の時に助けたんですよ。なんだか懐かれたみたいで」
「グルルルルルルル」
「私は嫌われているみたいですね」
「そ、そうですね~」
どうしてネヒリさんにだけこうも敵対的なんだろうか。
すごく申し訳ない。
それもうすごく。
申し訳ない。
「それで、懸賞金の方がメインですもんね。少しお待ちください」
席を立ち、ネヒリさんは裏へと回ってしまった。
しっかりと準備しておいてくれたようだ。
「レナはどうしてそんなにネヒリさんに警戒してるんだ? 気にしているぞ」
「あの女、危険ですよ! 主人はもっと注意深くあるべきです!」
って言われても、どう危険なんだ。
半年間『万年初心者』なんて名前で冒険者をしていた俺をずっと支えてくれた人だ。危険だと言われたところで信頼度ではネヒリさんの方が上だ。
「主人が奪われないように私が代わりに警戒しておきます! ご心配なく」
「ご心配しかないよ」
さすがに手を出すなんてことはしないはずだけど、少し怖いな。
組合には極力連れてこない方が良いかもしれない。
今後とも冒険者組合と仲良くするためにはそれが最善な気がする。
何かあってからでは遅い。
レナは獣人だ。
人間よりも身体能力は圧倒的に高い。
ゴブリンとの戦闘でも数的不利の状況下で圧勝できるほどの戦闘の才もある。
ただの受付嬢であるネヒリさんと戦闘なんてさせたら、見たくもない結果になる。
「これからは組合の外で待つようにするか?」
「そんな! 私よりもあの女の方が信用できるんですか!!!!」
「うん」
「そんなぁ~」
尻尾がしゅんと垂れた。
ついでにいつもは動かない耳もへたっとしおれてしまった。
感情豊かだなぁ。
なんて思いながら見ていると。
「こちら懸賞金です」
「ありがとうございま───え!?!?!?!?」
ありがとうと言いながら受け取ろうとしたそのとき、俺は目の前の光景が理解できず大きな声を出してしまった。
大きく膨れ上がっている袋。自分が想像していた何倍もの大きさの袋が出てきた。
「こ、これ本当ですか?」
「はい、ヴァンさんが討伐した盗賊の片方に多額の懸賞金がかかっていましたので」
多額って……。
そんな莫大な懸賞金がかけられていると感じるほど強そうな相手はいなかったぞ。
夜で視界が悪かったからか?
元々あまり目が良くない奴だったとか、そんな偶然が俺に舞い込んできたのか?
受け取れないなんて拒否するわけにもいかないし。
でもなんだか俺がもらうなんてという謙遜が心の中で自然と生まれてしまう。
「さすが主人です! これほどの懸賞金をかけられていた相手をあっという間に倒していたなんて!」
と、俺が心の中で葛藤していることを全くもって気づいていないであろうレナが大きな声を出しながら感激している。
そんな相手があっという間に倒れたから俺は驚きのあまり言葉を失っているというのに。
「と、とりあえずもらっていきます。ありがとうございました」
「はい、重いので気をつけるのと、大金なのでお金だとばれないようにしてくださいね」
わかりましたと、返事をして俺たちは冒険者組合を後にする。
昼間とは違って誰もいないというのに、すごく誰かから見られているような感じがしてしまう。
緊張が全身を硬くしてしまう。
自然に自然にと心の中で唱えるほど、動きがぎこちなくなっている気がする。
少しでも平常心を取り戻さなくては。
レナにかっこ悪いところを見せるのも嫌だし。
この大金を盗まれることなく、悟られることなく宿まで持ち帰る。
それが、居間の俺に与えられた緊急の依頼だ。