第四話 パーティー
冒険者組合では、いつもの彼らは既に依頼を受注した後だったようで誰にも会うことはなかった。
昨日よりも明るい冒険者組合の景色は変わることはなく、ネヒリさん以外の受付嬢からは冷ややかな視線が届くし、また受注したときに頑張ってくださいと言われる。
ただ違うことがあるとすれば、俺の後ろでうなりながら尻尾をたてているレナがいることと、ネヒリさんから夜に渡すのでお忘れなくと言われたことの二つだろうか。
レナがいるのでなにかしら他の受付嬢からの視線が変わるかと思ったが、状況は悪化しあんな小さな女の子を連れ回すゲス野郎という評価になった。
前の方がマシだった気がする。
けど、元から低いのでそこまで気にしていない。
どうせ低いのなら、今更下がったところで大差なんてないだろう。
そう思うことにした。
「主人!」
「ん?」
なんて事を思いながら森の中を歩いていると、レナが目を輝かせながらこちらを見てきた。
何かあったのだろうか。
「あそこにいるゴブリン共、全部やってもいいですか!!」
「え」
どれのことだと先を見ると、かすかに動く緑色の人型が見えた。
それでも本当に遠くで、ゴブリンだと言われたから特徴がつかめたが、あそこに何かいる程度の情報だったら、生物であることぐらいのことしか分からなかったと思う。
「お前、目いいな」
「そんな、あの暗闇で的確に敵を倒した主人には及びませんよ」
暗闇って、そんなに昨日は暗くなかったじゃないか。
どう考えても、レナの方がすごい。
この距離の敵を察知して、さらに特定までできてしまうんだ。
比べるのもおこがましい。
「レナって戦えるのか?」
「もちろん、昨日は後れをとりましたが村では名のある狩人でしたよ!」
名のあるって、まず村にいる獣人の数が少なそうな部族じゃん。
名前ぐらいなら全員把握できそう。
そんな小さな村で名のあるって言われてもなぁ。
あまり信用できない。
昨日だって、後れをとったって言っても危なかったことには変わりないし。
それに足も俺と同じぐらいの速さだったし。
「危ないと思ったらすぐにこっちに逃げて来いよ」
「はい!」
元気いっぱいな返事をして、レナは駆けだしていった。
木が生えていて、地面もボコボコ。走りづらい地形だというのに、一瞬でその姿は見えなくなってしまった。
「は、速い……」
昨日とは比べものにならないぐらい速い。
俺と同じなんてレベルじゃない。姿すらろくに見えなかった。
遠くでゴブリンの断末魔が聞こえる。
鳥でも潰したみたいな、甲高い声だ。
やっぱり、獣人だ。
俺よりも何倍も強い。
昨日は、本当に運が悪かっただけなのかもしれない。
そう思うぐらいには、彼女は昨日とは違って見えた。
「主人! 全部終わりました!」
大きく手を振って、ゴブリンをすべて倒し終わったことをアピールするレナ。
満面の笑みなのだが、顔には返り血がついていて殺害現場にしか見えない。
強い。
彼女は間違いなく、アクラム以上の実力がある。
昨日、なぜあれほど弱い盗賊なんかに後れをとったのか分からないほどに強い。
案外、村では本当に腕の立つ方だったのかもしれない。
「しゅじーーん!!」
「あっ、ま、待ってろよ!」
生い茂る草をかき分け、木の根っこに足を取られながらレナと所へと向かう。
彼女の周囲は首を爪で掻き切られたゴブリンたちが倒れており、周囲に血がぶちまけられていた。
「ゴブリン討伐の証として耳を切って、冒険者組合に提出するんだよ」
やるべきことはしなければと、俺は腰からナイフを取り出し、耳をとる。
最初に冒険者登録をしたときに教えてもらった知識だ。
「ほぉ、主人は物知りですね!」
組合にある本を一時期読みまくったので知識だけはあるが、初めてやるので切った耳の切り口はガタガタだ。
もっとスパッと切れるもんだと思っていたが、皮膚がぶよぶよとしていてかなり切りにくい。
持ってきたナイフはゴブリンの血で汚れて、最後の方はもうのこぎりで木を切っている気分だった。
砥石は無理だけど、今後はさっと武器を拭ける物がいるかもしれない。
「人間の使う武器はいちいち血で汚れて大変ですね。切りにくそうです」
「獣人の爪ってそういった問題は起きないのか?」
「起きないですね! なぜかは知りませんが!」
少しだけ参考にさせてもらおうかなと画策した計画が一瞬で破綻した。
使い捨てって言うのはいくら何でも費用対効果が悪すぎる。ドラゴン退治とかを生業としているならまだしも、所詮こなしている依頼は子供のお小遣いよりも気持ち多い程度の報酬だ。
武器を使い捨てするほどの豪遊はできない。
一本一本、命のように大切だ。
逆に血を利用して武器の切れ味を良くするとかできないかな。
敵を倒せば倒すほど武器が強くなる的な。
できたらかっこいいんだけどな。
「この辺は薬草もあるし、ここら一体の薬草を……」
「ん? どうしました、主人?」
「顔に血がついている。ほら、こっち来て」
ポケットからハンカチを出し、顔を拭う。
血なんてくさいだろうし、顔についた状態で固くなっては困るだろう。
「ありがとうございます、ハンカチのようにボロボロになるまで働けるよう頑張ります!!!」
「そこまではしなくていい」
レナの熱烈な感動をテキトーにあしらいつつ、俺は薬草とる。
三束分ぐらいあれば、依頼は達成できるはずだ。
なにげに薬草を採取するのも初めてだ。
手につく薬草の匂いが心を踊らせる。
手際よくぱっぱと薬草をとり、まとめやすいぐらいの数に割ってからひもで結ぶ。
このぐらいのサイズなら三束として認めてくれるはずだ。
実際に薬草採取はしたことなくとも、予行練習は目をつぶってもできるほどやった。
脳裏のその光景が焼き付いている。
「そういえば、レナ怪我してないか? まだ薬草は残ってるし、怪我しているなら使うけど」
「いえ、大丈夫です! ゴブリン程度に後れをとるほど私は負け犬ではありません!」
「そ、そう」
元気が有り余っているようでなによりだ。
元気すぎる気もするけど。
依頼はこれで達成だし、なんならゴブリンの討伐分も加算できる。
本当なら夜に組合に行って依頼と懸賞金をもらおうと思っていたけど、依頼の話だけしに一回行こうかな。
夜に時間をかけさせるのも申し訳ない。
昨日のネヒリさんはきっともう仕事は終わっているのに残っているようだったし。
「まだ昼だけど帰ろうか」
「はい! かしこまりました、主人!」
俺の声に、レナが元気よく反応する。
これが初めてのパーティーでの活動だったが、なんだかもう慣れてきた感じがする。
阿吽の呼吸……は言い過ぎでも、息はそれなりに合っていると思う。
戦闘はレナに頼る形になりそうで申し訳ないが、しばらくは安定した暮らしができそうで俺は安心した。