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第三話 獣人

「しゅ、主人は、速いですね」


「そうかもな」


 あっという間に視界からいなくなった少女を捕まえて、俺は宿に向かう羽目になった。

 ちょっとと言うにはかなりの大回りになったが、まあ無事怪我もなく着けたからよしとしよう。


 それにもう夜遅い。

 体は眠気で限界を迎えている。


 不健康な生活は冒険者らしいと言えばらしいのかもしれないけど、母親の教え「強さは健康から来るのよ」を守っている俺からすれば、今の状況はよろしくない。

 さっさと寝るべきである。


「主人は、こんな小さな宿のこんな小さな部屋に泊まっているんですか!」


「うんそうだよ。すごく元気な声で馬鹿にしないでくれ、宿の主に聞こえる」


 そんな事聞かれてしまえば、俺は追い出されるかもしれない。

 この街で一番安い宿だ。そんな大きな部屋や手厚いサービスなんか期待するだけ無駄だ。


 それに、この安さのおかげで俺はなんとか半年もこの街に滞在できている。

 この宿でもギリギリの生活なのに、ここを追い出されたらもう野宿生活が始まる未来しか見えない。


 ポーションとか、防具とかの修理で出費が多い。

 それらを削ればもう少し楽な生活になるが、その分冒険者業が楽ではなくなってしまう。


 生活よりも命大事に。

 出費を削る分だけ死に近づく。


「じゃあ、俺は床で寝るから。君はベッドで───


「そんな、主人を床に寝かすわけにいきませんよ! どうぞお使いください!」


 俺からしたらこんな小さな女の子を床に寝かすわけにいかないんだけど。

 さすがにこればっかりは了承するわけには……。


 良心が痛む。

 自分より年下の女の子をいたぶるような趣味は持ち合わせていない。


 どうしようか。

 意地でもベッドでは寝ないという意思を視線から感じる。


 どうぞ、さあどうぞと手でアピールしてる。

 うーん。




「暖かいですね、主人!」


「眠いから静かにして。あと、そんな近づかないで」


「分かりました、主人!」


 本当に分かっているのだろうか。

 だったら、もっと小さな声で返事をしてほしいし、離れてほしい。


 結局、俺が床で寝ることも彼女を床で寝かすこともできないと言うことで同じベッドで寝ることになった。

 明らかに一人用なのでかなり窮屈ではあるが、まあ体を横にすれば寝られないわけでない。その辺で妥協することにしよう。これ以上考える前に、寝たい。早く寝たい。


「おやすみ、えっと……名前って何?」


 そういえば、名前すら訊いていなかった。

 それ、本当に獣人なのかも俺の憶測だな。


「レナです、主人!」


「レナね。おやすみ、レナ」


「はい、おやすみなさい。主人!」


 そう言って、俺が寝るまで彼女の声は一向に小さくなることはなかったけど、お休みと言ってからはすぐさま寝息が聞こえてきたので、俺の安眠を彼女が妨害することはなかった。


 が、次の日隣に泊まっている人からの苦情は来た。

 隣人の安眠は妨害してしまったらしい。



                  ☆☆☆



「そ、それでこれからどうしていくんだ」


 何度目かの質問。

 かれこれ10分はこの質問だけに使っている。


 無駄かもしれないが、使う必要があった

 彼女の意思が折れたことを確認するためにはこれが必要だ。


 だが、彼女の心は折れない。

 どれだけ俺が聞き直そうと、空気は一切読むことはない。


「もちろん、主人についていきますとも! これからもよろしくお願いします!」


「はぁ」


 なぜだろう。

 とても疲れる。


 昨日の夜から、寝ても疲れが取れていない。

 夜更かししすぎただろうか。


 今日はいつもより早めに寝たい。

 もし、この問題が早く片付いたらの話だが。


「どうしてレナは俺と共に来るんだ?」


「どうして? それはもちろん、命を救ってもらったからに決まってますよ!」


 何がどう決まっているんだろう。

 全くもって分からない。


 彼女の思考回路が、俺には理解できない。

 彼女を追い出す……と言ったら少し犯罪チックだが、俺から離すことを目的としていた話はいつの間にか、彼女を知ることが目的になり始めている。


 どうすれば、彼女の行動原理を理解できるだろうか。

 全くもって解決法が分からなかった。


「あれか、部族の掟ってやつ? 一人前になるとか昨日言ってたよね」


「いいえ、これは私の意思です。命を救いってもらった以上、私の人生を持ってしてお返ししたいのです!」


「うん、重い」


「お、重い!? そんなぁ~」


 いくらなんでもお返しが重すぎる。

 そんな人の人生を預けられる覚悟を持って人助けをしたわけじゃないんだけど。


 まだお花の持ってきたとかの方が見た目相応でかわいらしい。

 金にはならないだろうが、思い出話にはできた。


 母になんて言えば良いんだよ。

 街で獣人の女の子を助けてね、その子に人生っていうお返しをもらったんだ。


 馬鹿じゃん。

 思い出話にするにはぶっ飛びすぎだし、内容が怖すぎる。


 人助けして人生もらうってなんだよ、殺したんか。

 そいつ殺して人生全部もらった的なそれとでも言いたいのか。


「と、とりあえず君が一人前になるまでなら一緒に行動することを許す」


「本当ですか、主人!」


「あとその主人呼びはどうにかならないの?」


「なりません」


 食い気味に言われた。

 結構意思は固い。


 人生を預けることは譲れるのに、そっちは譲れないんだ。

 どちらかと言えば逆……ってこともないな。どっちも譲れるぐらいの案件だ。


 片方は重すぎるし、片方は軽い。

 どっちも譲って良いと思うけど、軽い方は譲られなかった。


 その後、もう少し主人呼びについて粘ってみたが、すべて食い気味に拒否された。

 ちなみに、これも別に部族の掟のようなものではないらしい。


 彼女の意思で俺についてくことを決め、また俺の事を主人呼びすると決めたらしい。

 訳が分からないが、分かる必要もないだろう。


 もうそういうことでいいや。

 獣人の習性とか知らないし、義理堅いってことで。


「じゃあ、また冒険者組合に行こうか」


 いつもよりも遅くなってしまったが、薬草採取は常設の依頼なので何時行っても受注できる。

 昨日の波に乗って達成できたりしないかな。


「はい、参りましょう。主人!」


「はいはい」


 なんとなくだが、この子のノリにも慣れてきた。

 仲良くはできそうで良かったよ。


 そういえば、


 レナは戦えるのだろうか。

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