第二十話 早期決着
衣服が焼けた匂いのするボロボロの街道に命知らずの見物人たちが集まっている。
目の前で苛烈な戦闘が行われているというのに、彼らは死を感じることは一切ない。何の自信を持ってしてか、見物人であることに絶対的な信頼を全ての者が持っていた
そんな彼らの視線の先に三人の人間がいる。
その苛烈な戦闘を行っている三人だ。
ぶつかり合うハルバードと大斧。
その合間を縫うように現れる人影に翻弄されながらも、素早いステップで攻撃を避ける。
二対一という状況下にありながら、男は慣れた手つきで二人をいなしていた。
冒険者の中でも強者である二人を相手取りながら、これといった致命傷を受けることなく戦闘を続行していた。
「ヴァンパイアハンター……冒険者ごとき敵でもないってこと?」
「別に……そんなことは……ない」
「だったらその寝起きみたいな口調をやめなさいよ!」
怒りのままに投げたナイフを、男は半身を後ろに引きながら回転して避ける。
男の視線がナイフに寄った事を確認したステアは、間髪入れずにもう一本のナイフを投げつけながら、走り出す。
腰につけていたもう一対のナイフを手に取り、男の死角に潜り込んだ。
その行動に合わせてアクラムも走り出した。
ステアの姿を隠すための行動であることは明らかであり、彼にかまうことは悪手である。
だが、そう思っていてもそうさせないことが彼にはできる。
アクラムは無視できるほどの弱者ではなく、少しの隙を見せることのできない存在なのだ。
振り下ろされた大斧の間合いをから外れるために後ろへと跳ぶ。
しかし、アクラムは振り下ろされた斧の勢いをそのまま使ってこちらに走ってくる。
武器を捨ててる判断は、男からしたら想定外であり対応が遅れる。
とっさに銃を構えるが、時既に遅く銃口を向けたと同時にアクラムの拳がその銃をたたき落としてしまった。
しくじった。そう思ったのもつかの間、もう一発の拳が飛んでくる。
「ちっ、狂信者どもめ」
男は悪態をつきながらアクラムの拳の下へと体を入れた。
後退ではなく前進を選択し、相手の背後へと回る。
銃の回収は諦めて、先にアクラムを倒すことにした。
だが、その行動を予期していたかのような出来事が起こる。
「はぁい、クソ野郎」
「っ!!」
背後から一突き。
そう思いアクラムの後ろに回ったと思えば、そこには自らにナイフを突き立てんと構えをとっているステアがいた。
死角からの攻勢を仕掛けてくるとばかり思っていた男にとって、これは間違いなく意表をつかれた攻撃であり。
彼のこれまでの行動がいかに無駄で、また今の行動がいかに悪手かを証明する事実であった。
逃げなければ。
そう考え、今度は大きく後ろに跳ぼうとするがステアにはそれも見抜かれていた。
「【射撃火炎】」
すぐさま、構えていたナイフを突き出し、呪文と唱え始める。
避けきれない。
そう判断すると、男は回避ではなく最小の損害で敵の攻撃で受けきる方法に思考をさく。
ハルバードをつかんでいる手を動かし、武器の先を盾のように構えた。
男の体を守るには小さすぎる盾が、ナイフの先から射出された炎の玉を受け止める。
少しだけ衣服が焼け、男の体にも痛みが走った。
「くっ」
追撃が来るかとすぐに防御の姿勢を解き、視界を確保した男だが二人は未だ距離を開けているだけだった。
間合いを詰めることはなく、こちらを見ている。
「有効打が与えられない、このまま戦ったって無駄よ。私たちの目的はアナタの殺害じゃない、さっさと引いて」
「慈悲でも……くれてやろうと……?」
「違う、これ以上問題を大きくしないためよ」
「?」
何を言っているのだろうか。
男の脳内にはそのような疑問が浮かぶ。
数的有利を持っているのだから、持久戦に持ち込めば勝機はあるはず。
どうしてそのような状況で和平を望むのか。
男には分からなかった。
が、男の目的も彼女らの排除ではない。
「分かった……いいだろう」
だから、おとなしく引くことにする。
ここで二人分の戦力を削ったところで、何もない。
目的の人物に逃げられた時点で、男としては戦う意味はないのだ。
だからこそ、男の引きの判断は早かった。
街道に捨てられている銃を手に取ってすぐに野次馬の間へと逃げ込み姿を消した。
ステアらでは捉えられないほどすぐに気配すら感じられなくなった。
「あとは、後始末だけだな」
「ええ、彼女が来てる。どうやって納得させようかしら」
「これは、少しばかり大変そうだ」
「何が大変なのかお伺いしてもよろしいですか」
そうアクラムがつぶやくと同時に、声がする。
後ろからではない。彼らの目の前から突如声がした。
目の前には受付嬢であるネヒリが立っていた。
視界の中。しかも、目と鼻の先だというのに気配は感じず、姿は見えず、話しかけられるまでその存在に気づけなかった。
あっという間なんて表現では事足りないほどに一瞬で、彼女は目の前に現れた。
開いていた距離を詰めて、ネヒリは口を開く。
「まあ、いいです。それで、敵は?」
「て、敵って……」
まるで殺す気でもあるみたいじゃないかと、心の中で思うが表情には出さない。
ぐっとこらえて、冷静に話す。
「俺たちだけでも決着がつきそうになかったんで、引き分けって事で終わらせたよ」
「時間さえ稼げば私があと一歩で間に合ったのに……」
だから、引き分けにしたんだよとアクラムは顔で訴える。
ステアも、ネヒリの発言に対し肩をすくめた。
しかし、その思いは彼女に届くことはなく不思議そうに首をかしげるだけであった。
その様子にステアはため息で反応する。心底残念そうに、大きなため息で。
「とりあえず、片付いたのならいいでしょう。ありがとうございました」
少なくとも納得はしたネヒリが、感謝の言葉を述べながら頭を下げる。
ギルド職員の一人として、冒険者が不審者退治を依頼されたわけでもないにしてくれたのだ。
組合の信頼につながるありがたい行動だった。
ただでさえ街の衛兵とバチバチの関係であるのだから、少しでも街の人とは友好関係を築いておきたい。
そのための一手として、これは良い手である。
そう思い、感謝の言葉の述べたのだが、結局のところこの戦いは冒険者が街中で戦闘を始めたという悪評が流れて終わったのはまた別のお話だ。
「いや、俺たちの行動を大目に見てもらえてたのはネヒリさんのおかげだから、そこまできにしなくても……」
「お願いしていたのは私ですから、彼を気にかけてくださりありがとうございました」
「そんなに何度もペコペコしないで、頭下げられるたびにこっちも気が気じゃない」
「そうですか?」
「私のプライドを傷ついた殺してやる!って攻撃してきそう」
「そんなことしませんよ」
ネヒリは首を振って否定するが、ステアはその否定を訝しむ。
嘘ね、と言って彼女の否定にさらに否定を重ねた。
ネヒリならやりかねない。ステアはそう思ったのだ。
結構本心で。
そうなってしまえば、二人にやりようはなく一方的にボコボコにされて終わる。
それはもう賭け事にさえならないほどの虐殺が始まるのだ。
アクラムが若気の至りでネヒリに楯突いたとき、戦闘経験はなくとも腕っ節だったアクラムを正面からたたきのめされた記憶が未だ最近のように残っているステアは少しだけ彼女を敵対視していた。
何かあったときに無慈悲に背中を切ってくるのではないかと、信用はしていなかった。
「あっそ、まあいいわ。それじゃ、私たちは帰るわね」
「はい、今回の戦闘で何かありました組合でお伝えください。少しばかりなら特別報酬と言う建前で支給いたしますので」
「ありがと、アクラム行くわよ」
「ああ、ネヒリさん、またなんかあったら言ってくれ。一応しばらくは俺の方でも気にかけておくから」
「はい」
ステアとアクラムの帰り道を、ネヒリは別のことを考えながら見送る。
目先の問題は片付いた。
それと同時に、間違いなく物語は進んでいると彼女は考える。
彼は何かある。
彼女の疑問が確信へと変わる。
「もう少しあの男の情報を聞きたかったですけど、しょうがありません。ですが、きっとすぐに会えるでしょう」
三人の戦闘によってボコボコになった街道の処理作業はどうしようかと考えながら、彼女は歩き出す。
スタスタといつもの組合の受付服を着て、歩きにくい靴をでガタガタの街道をとぼとぼと帰るのだった。