第十九話 暴力装置
ステアがアクラムの前を駆け、男へと一気に間合いを詰める。
ナイフは体の後ろに隠し、持ち方や刃の出し方を可能な限り悟られないようにする。
「【魔化火炎】【魔化雷】」
右手のナイフに火属性を、左のナイフに雷属性をつけると同時に地面を強く蹴り、跳ぶ。
超低空を足の力だけで跳び、男の懐へと瞬く間に入り込んだ。
「こちらも……本気を出させてもらう」
男も持っていた武器を右手で握り、腰のホルスターに入っていた銃をつかむ。
ステアが間合いに入るタイミングと合わせて抜き、銃口を彼女へと向ける。
ほんの一瞬の出来事でありながらも、互いに少しの変化に対応し、隙を敵に与えない。
相打ちを狙えば両者致命傷を与えることができる。だが、それは望まない。
あくまで二人とも生還を目的としており、ここを死に場所とする気は毛頭ない。
だからこそ、ここでステアは攻撃を避けることを優先した。
銃口をナイフではじくのではなく、横に跳んで回避する。
が、それを読んでいた男は右手のハルバードもどきを彼女が着地するであろう場所と向かわせる。
鞭のように大きく振り、刃先が的確に彼女の進む先を捉える。
選択を間違えたか、そう思ったステアは顔をゆがませる。
しかし、避けることはない。
空中で体をくねらせて、着地場所を変更することはしない。
絶対にそれが届かないことが分かりきっているからだ。
「おらよ!」
じゃらじゃらと音を鳴らしながら進む鎖の部分を、アクラムの大斧がたたき切ろうと振り下ろされた。
鎖が切れることはなかったが、進んでいたハルバードもどきは動作を停止せざるを得ず、ステアに向かうまでに地面に落ちてしまった。
「ちっ……邪魔だ」
その光景に男は銃を発砲し、アクラムを無理矢理その場からどかす。
ハルバードもどきを自分の手元へと戻し、形勢はすぐに元通りになった。
きれいに着地したステアがすぐさま立ち上がり、アクラムを飛び越えて男へと突撃を再開する。
距離をとる方が不利な状況ができあがりやすい武器の構成な分、二人とも男から離れている状況は好ましくない。
だから、ステアは速攻を重視した行動をとる。
アクラムを置いて、自分が敵の懐に入り翻弄することを選択している。
「二対一の状況では……これは相性が悪いか……」
そう言い、男が右手を乱雑に振るとハルバードもどきの鎖の部分が集合し、アクラムにとって見覚えのあるハルバードに戻った。
その光景を見て、ステアの脳内で彼が一体何者なのかが確定した。
「アクラム!」
「な、何!」
「ネヒリさんから忠告されていたこの男の正体がやっと分かった!」
「本当か!?」
その会話を、男は邪魔することなく静かに聞く。
ハルバードを両手で握り、いつの間にか銃をホルスターにしまっていた。
「あの変形武器、それに首元にある十字架、間違いない。アイツはヴァンパイアハンターよ!」
☆☆☆
「大変だ!」
少しばかりの声が響いていた組合に、一人の冒険者が駆け込んできた。
安定した依頼の達成率から、組合からの信頼もそれなりにある人物であり、そのような人物が慌てて入ってくる状況に受付嬢や冒険者に緊張が走った。
「朝の男が街中でおっぱじめやがった!」
「ヴァンさんは!!」
冒険者の声をかき消すほどの大声を、ネヒリは出す。
あまりの剣幕に彼は目を丸くして驚く。
強すぎる気で、誰も寄らなくなったネヒリがもう専属と言って良いほどになった冒険者の名を叫ぶ。
その眼力で殺せそうなまでに殺意のこもった瞳と、覇気のある声を向けられた冒険者は誰であろうと萎縮してしまう。
それを真正面から向けられた彼は、言葉が出ず、壊れた機械のようにガタガタと声を出すだけになってしまった。
「どうなってる!」
「あ、え、アクラムたちが対処に向かった。あいつらなら負けないことはないと思う」
「アクラムさんたち……あの二人なら……いえ、でも」
ぶつぶつと独り言を言ってから、ネヒリは慣れた手つきで書類を整えてカウンターと飛び越える。
制服を着て、歩きづらいはずの組合から支給された靴で走り出す。
「衛兵が出る前に鎮圧してきます!!」
「え、いや! こっちで冒険者をはけ───って、行っちゃったよ」
ネヒリを止めようと職員が声を張るが、驚くべき速さでネヒリは組合から出て行った。
誰も彼女を止めることができず、そのまとっている雰囲気からただ遠目から眺めることしか許されていないような空気に支配されていた。
訪れた衝撃は、朝と同じように彼女一人によって完全に支配されてしまい、その支配者がいなくなればもぬけの殻と化す。
いつもの雰囲気とは言わずとも、先ほど流れていたはずの緊張感はなくなっていた。
「あの、ネヒリさん止めなくて大丈夫ですか? 早く代わりの冒険者を」
「いや、あの人なら大丈夫だよ。少なくともこの街の冒険者よりも安心だ」
「え?」
飛び出したネヒリが心配な受付嬢が職員に大丈夫かと訊くと。
返ってくる答えはなんともよく分からないものだった。
大丈夫と言われたって、何を根拠として大丈夫と言っているのか全く分からない。
それにあの靴では道中でこけてしまう可能性すらあった。
受付嬢がそう思うほど、組合から支給される靴は歩きづらかった。
普通に歩くだけでも慣れなければ転びそうになる。また、一・二年履いたぐらいでは走るのは至難の技。
給料を一割返納するから靴を一新してくれ。
そう言われるほどの悪名高さを持つ靴で、ネヒリは出て行った。
「だから、俺たちは彼女が残した仕事を代わりに片付けてあげることにしよう」
職員は彼女の席へと向かい、整えられた書類を手に取る。
パラパラとめくってから、それを最適な受付嬢へと分配するのだった。




