第一話 夜
いつまでも降りてこない剣。
死んだと目をつぶってしまったから、そのまま死ぬと思ったが意識がある。
なぜだと、目を開くと目の前で二人の男たちがゆっくりと剣を振り下ろしていた。
そのまま手でつかめてしまいそうなほどに遅い剣に、俺は驚く。
なんで。
どうなってる?
だが、それの疑問の答えは返ってこない。
誰かが魔法を行使していて、助けに入ってくれることもなく。
男たちの剣はゆっくりと降りてきているし、奥にいる獣人の女の子は悲劇を予想してかぐっと目を閉じている。
ないが起こっているのかは分からないが、チャンスであることには違いない。
剣を握っている右手に力を込める。
こんなに敵がゆっくりに見えているんだ。
勝てる。
今日こそ、勝てる。
「はああああああああああ」
剣を振り上げ、二人同時に剣をはじき返す。
二人分の剣を受けているというのに、全く重くない。なんなら、とても軽いとさえ感じた。
「は、速い!?」
「こいつ、強いですよ!!」
「速い? 何を言っているんだお前たちは」
これのどこが速いんだ。
お前たちが遅いだけじゃないか。
自慢には全くならないが、万年初心者の名を冠している俺の剣が速いわけないし、俺が強いわけもないだろ。
言ってて、悲しいな。
「ちっ、馬鹿にしやがって!!」
俺の発言になぜか激怒した男がさらに剣を振ってきた。
が、それも遅い。どう見ても遅く、この間に何回も切れてしまう。
どうしてこれほど遅いんだ。
俺よりも弱い人間がこの世に存在したというのか???
しかし、ちょうどいい。
盗賊二人。運が良ければ一ヶ月分ぐらいの宿内になるはずだ。
「俺の宿代になりな!」
眠りそうなほど動きの遅い男二人を、俺は一気に切り伏せる。
ずざっと、肉体が崩れた音が路地に響いた。甘い果実のような濃い血の匂いも拡散する。
誰の声も聞こえないし、こちらに近づいてくる物音も聞こえない。
誰も気づいていなさそうだ。
「つ、強い。それに速い」
彼女以外は。
「大丈夫? えっと、怪我とかしてない?」
「え、だ、大丈夫です! 危ないところを助けていただきありがとうございました!!!」
「し、静かに。もう暗いから、それに死体もあるし」
「す、すみません」
ぶんぶんと振られていた尻尾が、しゅんとなった。
この子は尻尾に感情が表れるタイプの子らしい。
月明かりに輝く黒い毛がとてもきれいな少女だ。
この毛だけでも、宝石に負けないぐらいの価値がつきそうなほどに。
「お母さんとか……」
「私一人です」
「そっか、ひと───え? 一人?」
「はい。一人です」
いや、そんな何か問題でもありますかみたいな顔されても。
獣人は人間と同じように歳をとるから、エルフみたいに見た目と年齢が全然一致しないみたいな事はないはず。
じゃあ、この子は十代ぐらいか?
しかも、前半ぐらいに見える。
「部族の掟で旅をしてます! 一人前になったら帰れるんです!」
「一人前ね……」
何をしたら一人前なのだろうか。
大型モンスターの討伐とかが一人前の条件だったら、部族にいる獣人の数は毎年減りそう。
「大型モンスターの討伐のため頑張ってます!」
ああ、多分少数部族かな。
少数だけど、生き残った獣人は強そうだ。
少なくとも大型モンスターの討伐をした奴らの集まりってことだ。
この町の冒険者ぐらいなら半数以上は片手でひねる潰せるだろう。
もちろん、俺も含めて。
「とりあえず、盗賊の討伐確認と、遺体の処理を頼むために冒険者組合の方に行こうと思うんだけど───」
「冒険者組合ですね。行きましょう! 主人!」
「え」
「ん?」
いや、そんな何か問題でもありますかみたいな顔されても。
問題しか見つからないけど。
「しゅ、主人?」
「はい、これからよろしくお願いします!」
「あー」
ここで考えるべき事だろうか。
今、ここでこの論争を始めたら日が明けそう。
そんな気がした。
から、特に聞かないことにする。
後でしっかりと主人と呼ぶ理由は聞くことにしよう。冒険者組合についてくることに関しては、まあ別にどうでもいい。主人と呼ぶ理由が聞きたいし、ついてきてくれた方がちょうどいい。
死体の処理を頼みに行くのと、討伐報酬をもらうのが先決だ。
「と、とりあえず冒険者組合に行こうか」
「はい、主人!」
無視だ。
気にするだけ心配事が増えるだけだ。
気にしない。
気にしない。
この血の香りの死体を気にしよう。
多分この子の事を気にするよりもマシだ。
来た道を戻り、通りに出る。
そして、冒険者組合を目指して走る。
心なしかいつもよりも走る速度が速い気がする。
依頼は達成しなかったが、初めての冒険者らしい行動で心が躍っているのかもしれない。
隣に獣人の少女が一緒に走っている。
獣人は人間よりも身体能力が高いと聞いていたけど、盗賊に捕まりそうだったところを考えるとこの子は他よりも身体能力が低いのかな。
もしかしたら、俺と同じ境遇で部族を出てきたのかも。
だったら、大切に対応しなきゃだ。どうせなら、この街では良い思い出を作ってもらおう。
冒険者組合には、思いのほか早く着いた。
もっと時間がかかると思ったのに、気分が上がると心なしか身体能力も上がるのか?
「しゅ、主人は速いですね」
「え、ああ。そうだね」
息を切らしながらそういう彼女に、君が遅いだけだよなんてことは言えない。
彼女を傷つけるに違いないので、発言には同意しておく。
「血のにおいは……そこまでついてないかな。よし、入ろうか」
「はい!」
元気いっぱいな少女の返事を聞いて、俺は冒険者組合の扉に手をかけた。
冒険者としての活動に胸躍らせながら、一歩を踏み出したことに夢見ながら。
その血をうずきに、全く気づくことなく。