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第十一話 男

 薬草採取……ゴブリン討伐……お、珍しくフラワーフラワーの討伐依頼もある。

 かなり報酬がいいな。これにするか?


 いや、いくらなんでも調子に乗りすぎか。

 ここは安定の薬草採取にしておいて、道中のモンスターを期待する方が良いかもしれない。


「うーん」


 組合に着いた俺は、どの依頼を受けようかと必死に考えていた。

 後ろにいるレナは、相変わらずネヒリさんの方を見て尻尾をたててながら唸っている。どうして、こうもレナは彼女を威嚇するんだろうか。


 獣人としての本能が何かを訴えかけているのか?

 よく分からん。


「レナ、何かやりたい依頼あるか?」


「依頼……ですか? そうですね」


 レナが視線をこちらに向け、依頼が張られている掲示板を見る。

 俺たちが受けられるのは下級の依頼だけだが、この中にレナの興味を引く物があるのならそれにしよう。


 その方が考えるよりも良い。

 どうしても最悪の展開を考えたがる俺からすると、どの依頼も危険度最高にしか見えなくなってきた。


「これとかどうですか?」


「ん、なになに」


 レナが指を指した依頼を見る。

 探索依頼か。


 薬草採取はモンスターの討伐とは違い、その場に行き情報を集めることを目的とした依頼だった。

 基本的にその場の情報がないことが多いので、周囲のモンスターから依頼の危険度が考えられ、また採取や討伐の依頼よりも報酬が高い。


 何が周りにいるのかはっきりとしていない分、報酬が上げられている。

 それだけ危険と言うことだな。


「探索依頼……」


「ダメでしたでしょうか?」


「いや、内容を見てから考えよう」


 探索依頼と書かれた見出しから、視線を下げて依頼の内容を見る。

 最近モンスターが活発に活動しておりその元凶と思われる場所の探索、危険なモンスターがいた場合は組合に報告すること。


 討伐した場合は別途報酬あり。

 だそうだ。


 危険な大型モンスターがいる可能性が高いな。

 魔力だまりというモンスターたちの餌を求めてモンスターたちが集まっている可能性も考えられるが、それはそれで大型のモンスターも呼ぶので結局大型のモンスターがいることになる。


 危険か危険じゃないかと言われると間違いなく危険な依頼の部類に入る。

 一応、俺でも受けられないことはないけど……。


 装備も新調するつもりだし、レナもいるしちょうど良い……のか?

 戦闘を極力避ければできなくはないが。


「いや、ここでびびってはダメだな。受けるぞ!」


「はい、主人!」


 ここで一歩を踏み出さなくていつ踏み出す。

 “でも”とか“だって”なんて否定してたって良いことはないんだ。


 どうせならドカンと大きく出ようじゃないか。

 その方が冒険者らしい……と思う。


「ネヒリさん! これお願いします」


「はい……探索依頼ですか」


 ネヒリさんの手が止まる。

 どんなことがあろうと止まることのなかった、彼女の手が止まった。


 それは、なぜか俺の心を騒がせた。

 なぜだか全く分からないが、とても不安な気持ちにさせられる。


「なにかありましたか?」


「いえ、何でもありません。こちらで受注処理をしておきますね。頑張ってください」


「はい!」


「レナさんも、頑張ってくださいね」


「グルルルルルルルル」


 どうしてこうも敵対してるんだ……。

 何か悪いことをされたわけでもあるまいに。


 これだけ良くしてもらっているんだから、もう少し心を開いたらどうなんだ。

 悪い人ではないことは確かなんだけど、レナ的には逆に信用できないのかもしれない。優しすぎて逆に不信というやつか。


「じゃあ、行ってき───


 俺が出発の言葉を言い終わるよりも先に、組合内に扉の開く音が響き渡った。それはあまりにも大きく、そして不意であった。扉を開けるにしては力が強すぎたのだ。

 ここにいる全ての物がその音の出所を探し、またその音の発生源に視線が集まった。


「誰だ……?」


 組合の入り口にいるのは全くもって見たことのない人物だ。

 大きな帽子を深くかぶっており顔はよく見えないが、黒く輝いている顎髭が、見え隠れしていた。


 首にかけた十字架のネックレスもその白く輝く様から、冒険者たちの視線を集めた。

 が、最もここにいる者の視線を集めたのは彼が斜めに背負っている巨大なハルバードだ。


 彼の身長は軽く超えており、また銀色に輝いている持ち手の部分と違い、刃の部分は血と思われる黒に染まっていた。

 圧倒的な存在感と、強烈なまでの強者の余裕が感じられる。そんな男だった。


「……匂い立つなあ……」


 ぼそりと、独り言のように男はつぶやく。

 声は張っていない。本当に、こぼれた程度の声だったというのに。


 俺にはそれがはっきりと聞き取れた。


「───ッ!!」


 来る。

 そう思った頃には、その男が俺の眉間に銃を突きつけて立っていた。


 この場の誰も、彼の姿を終始捉えることができなかった。

 レナでさえ、組合内にいる冒険者でさえ彼の動きは見えなかった。


「お前……もしや……」


 そこまで言って、男は引き金に手をかける。

 死ぬ。死ぬ。殺される。


 そう思考は訴えかけているが、俺の体は動かない。

 ひどい恐怖に襲われて、体が完全に意思を失ってしまっている。


 ただ、与えられた真実を受け入れようとしている。

 死を望みかけていた。


「おやめください」


 だが、そんな俺は無理矢理止める人物が現れた。

 止めてくれた人物、と言った方が適切なのだろうが、俺の心はもう死を受け入れかけていて、正常な判断ができない。


「……誰だ、貴様」


「受付嬢のネヒリです。組合内での流血沙汰は困ります」


「…………なら、血を流さずに終わらせる」


「そういう意味ではありません。組合内でくだらない喧嘩を起こすなと言っているんです」


「くだらないだと?」


 男が明確に敵意のこもった声で質問する。

 ネヒリさんの発言がしゃくに障ったようだ。


 落ち着かせることが目的じゃないの?

 相手怒ってるし、まだ俺の眉間には銃が突きつけられている。冷や汗が全く止まらない。


 ちょっとした手違いで俺は死にかねない。

 少しでも俺が動こうものなら、きっとこの男はすぐさま引き金を引く。


 そんな雰囲気を俺は感じ取った。

 そして共に、絶望していた。


 逃げられない現実を。

 悲観していた。


「なんの言われもなく、人を殺すことを崇高な行いとは私は思いません」


「…………ちっ」


 男は舌打ちをすると、俺の眉間に突き立てていた銃を下ろし、くるりと手で回しながら腰のホルスターにしまった。

 その行動の端々からネヒリさんへのいらだちが感じられる。自分のやることを邪魔されて、ひどく怒っているようだ。


「お前を逃がすわけにはいかないからな……」


「…………」


 俺の目を見ながら、男はそう言って組合を去って行った。思いのほか、ネヒリさんとぶつかり合うことがなかった。

 まるで俺の目に映る自分自身での眺めているのかと思うほどに、じっくりと見られた。


 心の中を覗かれているように感じられて、すごく不快だった。

 どうしてそこまで執拗に、俺を狙ってくるのだろうか。


「お知り合いでしたか?」


「いえ、初対面です。たぶん、村でも会ったことはないと思います」


 彼が立ち去ってから、少し経ってネヒリさんが訊いてきた。

 彼は間違いなく初対面のはず。あれほど存在感のある男を忘れるほどアホではない。


 しかし、初対面であるからこそどうしてあそこまで狙われるのかが謎だった。

 知り合いならまだしも、初めて会う人に狙われるほどのおたずね者ではない。


「どうしましょうか? 大事をとって今日の依頼は受注やめておきますか?」


「え、いや、行ってきます! そんな悠長なことができるほどの冒険者じゃないですから!」


 男の一件のせいであまりに注目を集めてしまった。

 さっさと組合から出たいし、どうせなら街からも出ておこう。


 本人が不在だった方が、噂の広まりが遅いと信じてそうすることしかできない。

 それに、街にいた方があの男に狙われそうだ。


 ネヒリさんに助けてくれたお礼を言って、俺はさっさとその場を後にした。

 お店によって買い物がしたかったが今はさっさと街から出ることを先決としよう。


「ごめんレナ、装備は今日の帰りに行こう」


「はい、大丈夫ですよ! 今の状況を考えるとそっちの方が良いでしょう!」


 レナの同意ももらえたことだし、さっさと街から出てしまおう。

 わざわざ危険地帯に長居する趣味はない。


 ネヒリさんから探索場所の情報を聞いてから、俺たちは脱兎の如く組合から出て行く。

 帰ってきたときに状況が少しでも落ち着いていることを祈ろう。もう、そうすることぐらいしか今の俺にはできない。


 この時初めて、自分の評価が低いことを後悔した。

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