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第九話 理由

「!」


 目を覚ます。

 冷たい地面が、少しだけ酔いの抜けた自分の体を冷やしていた。


 それと共に、一つ気づいた。


「お前、なんで俺の上にいるんだ」


「別にぃ、なんだっていいじゃん」


 横たわっているアクラムの上には、彼の相棒であるステアが座っていた。

 アクラムの事を椅子にしながら、コカトリスの串焼きを頬張っている。


 タレが、地面に落ちておいしそうな匂いをアクラムにまで届けている。

 その匂いによって、アクラムは空腹を感じた。


「ずいぶんと派手に負けたみたいね」


「見てたのか?」


「いいえ、なんとなくそう思っただけ」


 静かに、互いの顔を見ることなく言葉を交わす。

 少し傷む顎をアクラムはなでる。何が起こったのかを思い出しながら。


 ヴァンに殴られた。

 あの非力な男に、一撃をもらいダウンした。


 その事実を。

 彼は思い出した。


「ヴァンにやられたんだ」


「え!? あのアンタがずっと気にかけてた男に?」


「そうだよ」


 ぶっきらぼうに返事をする。

 それは、母親に怒られている子供のようであった。


 大きな巨体からは想像できないほど幼く、またステアは小さな体からは分からないほどにその心は大きく見える。


「彼、弱いんじゃなかったの?」


 ヴァンにやられたというアクラムの発言を、彼女は信用できなかった。

 彼が言ったのだから間違いはない、だが本当かと確認する。


「ああ、弱い。でもやられた」


「やられたって……」


 記憶が混濁しているのかも、そう考えるステアだったがアクラムは言い切った。

 彼にやられたと、言い切ったのだ。


 ふわふわとした憶測のよう発言ではなく、間違いないと確信をもって話している。

 なら、少しだけ信じてみようとステアは考え直す。


「アイツは、間違いなく俺を超えていた。勝てないと、本気で思った」


「そう」


「俺のやり方が、間違っていると正面から言われた気分だった」


「そうかもしれないわね。でも、そうだと言い切れることはないでしょう。アナタのおかげで、救われた命は今までいくつもある」


 それは間違っているの?

 と、ステアは彼に訊く。


 返答は沈黙。

 彼はすぐには答えなかった。


 音のしない、静寂だけが流れた。

 数秒。彼が口を開くまでの時間はほんの少しだったというのに、二人にとっては数分ほどの時間がたったように感じた。


「そう、なのかもな……。俺がこうして悪になることで今まで救われた命があった。冒険者なんて危険な職業から離させたおかげで、幸せになった奴はいっぱいいた」


 彼が演じ続けた悪によって。

 この街では多くの冒険者がその職を辞めた。


 商人になるものや、職人を目指すもの。

 田舎に帰り、畑仕事を手伝ったもの。


 たくさんの元冒険者がこの街の周辺にはいる。

 その理由は、彼の非人道的だと言われても当然な過剰とも言える精神的な攻撃にあった。


 彼は、弱い冒険者に目をつけていじめる最低な冒険者としての名を手にした。

 強さにおごり、他者を見下すクソだと。そんな評価を受けるようになった。


 が、彼は気にしなかった。

 自らの強さにおごっているのではなく、それが弱い冒険者のためになっているんだと信じていたから。


 彼は冒険者を精神的に追い詰めた。時に、少し危険な賭けを行うこともあったが、絶対に暴力には訴えかけることはなかった。

 あくまで、彼らが冒険者なんかやりたくないと言い切るまでに追い詰めるだけ、冒険者をやめた彼らには特別な理由がある限り関わることはなく、常に壁を築いていた。


 そうすることで、命を無駄にする者が減ると思っていたから。

 自分たちの両親のように、できもしないことにすがりつくような惨めな者が減ると確信していたから彼は続けた。


 その、強攻策を続けた。


 しかし、それに真っ向から反発する者が現れた。

 ヴァンだ。


 アクラムがどれだけヴァンをいじめようと、ヴァンは何度も冒険者を続けた。

 ボロボロになりながら帰ってきて、命を危機に瀕していたこともあった。


 だが、彼は諦めなかった。

 冒険者を続け、夢を追い求めていた。


 そんな彼をアクラムは嫌っていた。命知らずの大馬鹿と嫌っていた。

 そんな彼に負けた。


 それは、今までのアクラムを否定するような事実だった。

 弱いと思っていた相手に、見返されてしまった。


 彼の心をひどく落ち込ませるには十分すぎる現実を。

 彼を見させられたのだ。


「でも、きっと俺がこんなことをしていたせいで不幸になった奴もいたはず……いや、いた。その事実を、彼に負けてたたきつけられたような気がした」


 今まで見ないようにしていたそれが。

 彼によって閉ざしていた扉が。


 開いた。


「……」


「それが辛い……つらいよ。俺のせいで不幸になった人間は幸せになった人間よりも少ないかもしれない。でも、その事実があるってだけで辛い」


「……」


「俺のやり方は間違っている。そう、彼に言われた気がしたよ」


「確かに、間違っているかもしれない。他者から見れば、アナタは傲慢なクソ野郎でしかないものね」


 ステアは、彼の弱り切った本心に向き合う。

 優しい言葉をかけるのではなく、彼が成長できるようにアクラムのように目をそらすのではなく、正面から話しかけることにした。


「ああ、そうだ」


「弱い者いじめをする、最低な奴でしょう」


「そうだ」


「性格の悪い、大馬鹿がその見下していた奴に負ける。実に惨めな展開ね」


「ああ! そう───


「─────でも」


 たんたんと告げられる事実に、彼は苛立つ。

 どうして、そこまで俺の傷つけるんだと怒りの感情が湧く。


「それだけ他者を思いやって心を痛めることができるのなら、気にしなくても良いんじゃない?」


「え」


「アナタは、悪役であって悪人ではない。違う?」


「い……や……」


「アナタは他者から見れば、実に性格の悪い奴かもしれない。でもそのおかげで救われた者がいる、救われなかった者たちに対して心を痛めることができる。それだけできれば人間十分でしょ」


 この世に、成功だけしか作り出さない存在はいないでしょ。

 勇者だって、魔族という存在を傷つけてしまっているんですもの。


 アクラムは何も言わない。

 ピクリとも動かず、ステアの言葉の余韻を感じ続ける。


 ステアも、何も刺さっていない串をくるくると回すだけでアクラムを視界に収めることすらしない。

 二人はただ、時が流れていくのを待つだけである。


 月が空を駆け抜けていくことを待つ。

 どれだけ時が進もうと来る保証のない朝を、作り続けるだけであった。


「じゃ、早く戻ってきてよね。残ってるガーリックステーキ臭いんだから」


「ああ、分かったよ」


 そう言って、ステアはその場を後にした。

 アクラムを残し、酒場へと戻る。


 その数分後、酔いから冷めて、少しだけ気分の良さそうなアクラムの姿が酒場では見ることができた。

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