プロローグ
「アナタは、いつもお父さんが守ってくれるわ」
それが母の口癖だった。
いつも、俺が村の子供たちにボコボコにされたとき抱きながらそう言った。
俺が生まれると同時にいなくなった父親が、一体どうやって子供を守るんだ。
そんな子供のことを考えない自分勝手な父が、俺に何を残してくれるんだよ。
☆☆☆
「お~い、『万年初心者』のヴァン君。今日は薬草ぐらい採れるといいでちゅね~」
「おいおいやめてやれって。どうせ採れないんだからよ!!」
「「ダハハハハ!!!!」」
『万年初心者』
依頼が一つも達成できない俺───『ヴァン』───につけられた不名誉な二つ名だ。
有名なのだと『剣姫』や『火炎騎』、『飛龍』なんてかっこいい二つ名がある。
しかし、そんなかっこいい二つ名とは裏腹に何もできなかった俺に目をつけたこの街の冒険者が二つ名をつけた。
どうせ、誰にも認知されないなら俺たちが代わりにつけてやるよ。
そう言ったあいつらの顔は、今でも覚えている。
あの、俺のことを馬鹿にした目。
心の底から格下だと思ってる口調。
許せなかった。
いつか見返してやると思った。
でも、そんな日いつまでたってもこなかった。
だから今日も、何かできる依頼がないか探すのだ。
「薬草採取……ゴブリン討伐……一角ウサギの討伐……」
この中でできそうなのは……。
薬草採取ぐらいだろうか。
薬草採取と書かれた紙に手を伸ばしたとき
「どけ」
「いたっ」
大柄な男が俺を突き飛ばした。
偶然なんかではない、意図的だ。
誰が一体突き飛ばしたんだと顔を上げると、そこには見慣れた顔があった。
見慣れたくもない顔があった。
「『万年初心者』、みんなお前をそう呼んでくれて良かったな」
『アクラム』
俺に、あの二つ名をつけた張本人だ。
「お前……!」
「あ゛あ゛?」
「ねぇねぇ、さっさと依頼選んで行こうよ~」
そう言って彼を止めるのは、右腕であり唯一のパーティーメンバーの『ステア』だ。
「おっと、俺たちは依頼で忙しいんでな。お前みたいな奴を相手をしている暇はないんだよっ」
立ち上がろうとする俺をもう一度突き飛ばして、彼らは笑いながら去って行った。
俺を見て笑ってる。心の底から馬鹿にされている。
見返してやる、見返してやる。
そう何度思ったか。
何度も思って、何度も挫折して。
俺には冒険者の才能なんてない。
分かっている。
グレートソードなんて大きな武器は振れないし、重い鎧を着たらすぐにバテてしまう。
魔法は打てないし、敵の位置を事前に察知する感覚も持ち合わせてない。
聖剣に選ばれる───なんて夢物語もなかった。
せめて、薬草採取の依頼ぐらい達成したいんだけどな。
「はぁ、これお願いします」
薬草採取と書かれた依頼の紙を取り、受付嬢───『ネヒリ』───に渡す。
「はい、薬草採取ですね。頑張ってください」
「そうですね。今日も頑張りたいと思います」
ネヒリさんは、こんな僕でも他の冒険者と同じように対応してくれる唯一の人だ。
他の受付嬢は俺と関わりたくないのか視線に嫌なものを感じるが、彼女は視線こそきついが、悪意のようなものは感じない。
いつしか俺の担当をしてくれる受付嬢は彼女だけになったし、話しかけてくる冒険者もあいつらのように俺を馬鹿にしたい奴らだけになった。
もっと、キラキラとした冒険者人生を思い描いていたはずなのに。
どうしてこうなっちゃうんだ。
いってきますと、ネヒリさんに言って俺は冒険者組合を出る。
回復ポーションに、魔除けのポーションも持った。今日はいつも以上に準備万端だ。今日こそ、絶対に成功させる!!
☆☆☆
「村に……帰ろうかな……」
薬草採取。
薬草採取じゃなかったのかよ!!!
どの薬草のところにもゴブリン、ゴブリン、ゴブリン。
俺の知っている薬草の生えている場所にはすべてゴブリンがいた。
おまけに道中一角ウサギに会うし、逃げた先はスライムの群生地。
回復ポーションは使い切ったし、魔除けのポーションは偽物を買わされたらしい。
なんで!
なんでいつもこうなんだよ!
モンスターに会わなくて済むと思って薬草採取を選ぶと、その日の討伐依頼にいるすべてのモンスターに会い。
逆にモンスター討伐の依頼を受けると、オークや一角大ウサギといったそのモンスターの進化先と出くわす。
もしも俺は、最強の冒険者だったらそれを踏み台にして一気に駆け上がれるんだろうけど、あいにくこっちは『万年初心者』のヴァンだ。
剣は当たらないし、当たったところではじかれる。
敵の動きが速すぎて見えやしない。
もう少し剣の才能がほしかった。
「今日も依頼が失敗したなんて報告に行くのか……ネヒリさんがまた頑張りましょうって言ってくれるけど……その一言が一番辛いよ」
かなり心をえぐられる。
いつも頑張ってくださいと言って送り出して、帰ってくるとまた頑張りましょうと言ってくれるとても優しい人だ。本当に、良心が痛む。
「みんなから信頼される冒険者になってみせる……か」
母親にそう言って出て約半年。
自分の才能のなさに打ちひしがれて速攻で帰ろうとも思ったが、それでは盛大に送迎会を開いてくれた母親の申し訳ない。
申し訳なさ過ぎる……!!
信じて送り出した息子が、現実を見てボロボロになって帰ってくるところなんてみたい親がいるだろうか。少なくとも俺は見せたくないし、見たくない!
もうちょっと、もうちょっとと言ってもう半年だ。
そろそろ潮時なのかもなぁ。
いい加減現実を見るべきかもしれない。
村に帰れば畑仕事ぐらいならできると思う。
これでも毎日、正真正銘の冒険者になるために鍛えているんだ。
村で畑を耕すぐらいならできるはずだ。
そうすれば───
「って、ダメダメ! 後ろ向きになるなヴァン! 前を見よう、そうすればきっとどうにかなるはずだ!」
もう日が沈んでいる。早くしないと冒険者組合が閉まってしまう。
依頼の報告は別に明日でも良いだろうけど、明日二倍馬鹿にされるのはごめんだ。
急がなくてはと、足を出したそのとき。
「ん?」
家と家の間の細い道の奥で、何かが動いた気がした。
何か人影のようなものがあったような……。
「……行ってみるか」
好奇心。
何か起こるかもしれない。
誰かが困っているかもしれない。
冒険者としてそれは見過ごせない。
本来ならもう宿に戻り、明日の朝に備えて寝ているような時間帯になってくるがしょうがない。
冒険者の名……はもう廃ってるけど、これ以上廃らせるよりはマシだ。
意を決し、俺は真っ暗な路地へと歩き出し。
じめっとしていて、独特な匂いがする。まるで、ゴブリン退治の時に訪れてしまった毒沼の時のような匂いだ。
悪臭漂う路地を進み、少しだけ道幅が広くなったかな。
そう思い始めたぐらい。
「やだ、やめて!!!」
道の先で動く人影。
真っ暗な夜だが、しっかりと見えた。
三人。
一人の獣人が二人の人間に押さえつけられている。声と体の形から考えるに押さえつけられているのは女の子だろうか。
「やめろ!!」
とっさに口から声が出た。
目の前に見えている二人の人間がこちらを見る。逃げない、人に見られているのに逃げる様子が感じられない。
「ダメ! 逃げて!」
女の子が、逃げろと叫ぶ。
でも、そんなことできない。
目の前で襲われている女の子を見捨てるような悪趣味は持ち合わせていない。
もう後には引けない。あの二人の人間を倒すしかない。
一度も使ったことのない新品の剣を抜き、じめっとしていて踏んでもあまり力の入らない地面を蹴る。
そして───俺は冷静になった。
何やってんだ、俺。
なにしでかしてんだ、俺。
やめろ?
お前の方がやめろ。
モンスターの一体も倒せない俺が、どうして人間に勝てる。
しかも、二対一? 俺の命はブドウみたいにいっぱいあるとでも思っているのか?
やばいやばいやばい。
どうしよう。
そんな事を考えている間に、敵との距離はすぐに縮まった。
気づいた頃にはもう目の前、こっちの剣も相手の剣も届いてしまう。
「し───
死ぬ。
終わった。
お母さんありがとう。
そう思った。
その時───
─────その血は漆黒の闇の中、覚醒する