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「人間。もう少し離れたところに来れないものか?」



牛の王から苦情を言われた。

突然転移してきた俺に牛の群れがプチパニックを起こしている。王の言い分は最もだが、こればかりは転移の仕様なのでどうしようもない。



「ごめん。調整できないんだ。」


「そうか。それで今日は何用だ?」


「聞きたいことがあって。この群れは雌が多いようだけどどうしてかなと思って。」


「一人前となった雄は群れを出ていく。そして他の群れの長に戦いを挑み、勝てば長になり、負ければ去る。」


「それじゃあ雄は一人で草原を彷徨うのか。」


「そうだ。」


「単独の牛なら狩ってもいいかな?」


「戦いに敗れたなら食われても仕方あるまい。だが、食えぬほど狩るといつか自分の身を滅ぼすことになるぞ。我らは人一人には大き過ぎよう。」


「もちろん一人では食べないさ。俺もいわば群れの長なんだ。」


「ならばよい。」




単独でいる雄なら狩っても良いということなので、早速探しに出かける。

起伏が激しい土地なので移動は大変だが、毎日の森歩きで慣れてきていることを感じる。大自然での生活により野生を取り戻してきているのかもしれないな。そのうち体中から毛が生えてくるかもしれない。そんなわけないか。


いた!

単独で草を食む雄牛。どうせすぐ殺すのだから30番でいいだろう。



「【マーキング】、30番。」

「【ロックオン】、30番。」

「【自滅スキル発動】。」



牛が静かに膝を折った。俺はナイフ片手に駆け寄っていく。

獲物が弱ったところで襲い掛かる自分の姿を客観的に想像すると、「ヒャッハー!」とか叫び出しそうだよな。



「ヒャッハーー!!」



言ってみた。あ、ヤバい。これ、テンション上がる。世紀末の雑魚どもの気持ちが理解できてしまった。



牛に最後の力をふり絞るかのように立ち上がり、体当たりしてきた。



「あっ、ヤッベ。」



躱しきれなかった。相手は2トン車級。掠っただけでも吹き飛ばされる。

吹き飛びながらも受け身を取って、衝撃を殺すために地面を転がる。



「痛ってえな!!」



叫ぶとアドレナリンが分泌されて痛みが和らぐ。

再び牛に突進。人間と牛の役割が逆じゃないか。まあいいか。

今度は接触の直前でフェイントを入れて体当たりを躱し、牛の首元にナイフを突き立ててやった。

力任せに引き裂いてから離脱する。


再び膝を折り横たわる牛。首からは血がどくどくと流れ出している。あとは放っておいても死ぬだろう。

牛はモンスターではなく動物だった。赤い血がそれを物語っている。

モンスターなら殺しまくっているのに、血を見たせいか感傷的な気分になる。



「よし、気持ちを切り替えて解体ナイフを借りてこよう。」



心の問題は心の中に留めずに声に出すことが大事。



「【マーキング】、30番。」



まずはこの地点を【マーキング】。



「【トランスポート】、80番。」




拠点に転移すると、俺に気付いた雪さんが駆け寄ってきてくれた。



「牛は狩れた?」


「うん。ナイフお願いしていい?」


「分かった。【解体用ナイフ召喚】。」



召喚されたナイフを手渡される。



「ありがとう。取りあえず運べるサイズに切り分けてみる。」


「頑張れ。」



森の外だから応援も呼べないし、頑張るしかないよね。



牛の元に戻ると解体用ナイフで首を切り落とす。

可哀想?自分が生きていくためには食料が必要なんだ。そんなことを思っている場合ではない。


出血が落ち着くのを待ち、皮をはぎ、内臓を抜き、肉を切り分ける。


解体途中でお昼の時間を跨いだが、食欲が無かったので遠慮した。

飴の型を昼頃取りに行くと約束していたので、それも解体途中で済ませた。型は七菜さんに託した。


【解体用ナイフ】の召喚時間は1時間だが、全ての解体が終わるまでに2回消えてしまった。トータルで3時間位掛かったと思う。

ほとんど力を入れることなくスイスイと切れるのにこんなに時間が掛かるなんて、牛がデカすぎるせいだ。

肉の移動にも転移を何往復もする必要があった。何回したか覚えていない。



疲れた。

今日やるべきことは他に何があったっけ。思い出せない。今日はもういいか。帰って休もう。



あんなに頑張ったのだが、夕飯に牛肉は出なかった。まだ冷蔵室で熟成中。雪さんの【食物鑑定】によれば10日程熟成させると食べごろらしい。長い。

食べられる頃には今日の負の感情も忘れて、美味しく食べられるだろう。


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