62
異世界転移後7日目の朝。
朝一の仕事は鶏卵の採集。雪さんと二人で鶏の高層マンションへ行き卵を奪う。雪さんが羽化間近でない物を【食物鑑定】で選別して採集するため、俺は護衛兼荷物持ちだ。この仕事は俺じゃなくてもできるのでは無いかと思うが、移動には俺が必要となる。
「卵を集めるだけなら雪さんだけでも大丈夫だよね?置いていてもいい?」
「モンスターがいたら怖い。護衛は必要。」
「護衛なら戸田君とか橋基君とかでもいいんじゃないかな?」
「大和が良い。私と二人は嫌?」
嫌ではない。雪さんは二人だけの時の方がよく話してくれるし、話していて楽しい。そうだな。この時間は削る必要は無いな。
「今後もご一緒させていただきます。」
続いての仕事は飴を売りに行くこと。
「これは俺じゃないとできないもんね。」
七菜さんが用意してくれた飴を受け取りながら呟いた。
「そうですね。街で買い物が出来ると生活が潤いますし、大和さんには申し訳ないですが続けて欲しいです。他にも商品になりそうな物を考えてみますからお願いしますね。」
現状で街に行けるのは俺だけだ。だからこればかりは仕方ない。重要な商品作りは七菜さんに頼りきりなわけだし、売りに行くだけなのだから俺は楽をしているくらいだ。
街に行って聞いてみると、昨日売った飴は昨日のうちに完売したそうだ。店主はもっと持ってこいと鼻息を荒くしていた。
「幾らでも持ってこい!全部買い取ってやる!もっと売れるぞ!」
「そんなにですか?」
「目新しさだけじゃないぞ!日持ちもするんだろう!?見た目、味、実用性。どれを取っても売れる要素しかない!」
「とは言っても、作れる量は決まっているからなぁ。」
「頑張って作れ!」
「まあ、返って相談してみるよ。」
店主のたった一日での変わりように疑念が浮かぶが、買い取ってくれるなら構わない。
戻ってから七菜さんに相談すると、
「今は型に入れて固まるまで放置していますのでどうしても時間が掛かります。型を増やすか製造方法を変えないと難しいですね。」
「型は象牙だよね。熱伝導率が悪そうだし冷やすのに最適とは言えないか。街でいい物が無いか探してみようか。」
「そうですね。お願いします。」
あれ?仕事が増えた。
でも働き者の七菜さんが少しでも楽になるのならいいことだ。仕方ない。
再び街へ行き探索することにした。
街を見て回り、目を付けたのは金物屋だ。金属は熱伝導率が高くて冷やすのには最適だろう。だけど型を作るのは大変そうだ。そう言えば金太郎飴の製造工程を動画で見たことがあるな。あれは平らな台の上で伸ばして作っていたと思う。薄く伸ばした方が早く固まるだろうし、あれの方が理にかなっているのかもしれない。
金物屋で平らな台の天板になるような大きな鉄板を売っているか聞いてみたが、オーダーメイドになるそうだ。置いてある中で一番大きい物が30cm×60cm×1cm位の調理用の鉄板だったが、10万円だそうだ。高くて買えない。この街の金属製品は軒並み高い。金属加工の技術が低いのだろう。金物は無理だ。
次に目を付けたのが、なんと飴を卸しているいつもの乾物屋のおっさんの店。おっさんの店に良い物があったわけではないが、ダンジョンで手に入るという小麦等の殻の話を思い出したのだ。殻の大きさや形によっては型に使えるかもしれないと思ったのだ。
おっさんに相談したら粉屋に行けばあると言われた。
「粉屋との取引に使う木札だ。これを見せれば話は聞いて貰えるだろう。ちゃんと返せよ。」
「分かった。行ってくる。」
取引相手であることを証明するための木札を借りて、粉屋の場所も教わったので粉屋に行ってみた。
粉屋は一般消費者を対象とする店ではなく、加工業者だ。小麦などの原料となるダンジョンドロップ品の殻を割り、臼で粉を細かくして販売している。販売先は麺職人の工房が多い。そんな業形態なのでまともな受付はなく、工場の扉を叩くと工場長が出てきて木札を見せると応対してくれた。工場長は茶色くて豊かな口髭が特徴的な恰幅のいいおじさんだ。
「突然すみません。ダンジョンドロップの殻を幾つか分けていただけないかと思いまして相談に伺いました。」
「殻が欲しいのか。捨てるだけだからいいが、何に使うんだ?」
「先にこれを。俺が作っている飴です。お一つどうぞ。」
「食べ物か?」
「はい。口の中で転がして舐めてください。」
「どれ。」
工場長は髭を避けるようにして飴を口に含んだ。
「おお。美味いな。」
工場長は髭をもごもご動かしながら器用に喋った。何だか別の動物みたいで面白い。
「それを作る時に型に流し込んで固めているのですが、ダンジョンドロップ品の殻なら型に使えるのではないかと思いまして譲っていただきたいんです。」
「今のと同じくらいの大きさがいいのか?」
「はい。」
「そうすると小だな。ゴミ捨て場に一杯あるから好きなだけ持っていきな。」
「ありがとうございます!」
工場長は髭をもごもご動かしながらゴミ捨て場に案内してくれた。
殻の見た目は銀杏の殻に近かった。大きさは大、中、小とあるそうで、小は直径1cm位の球体だ。綺麗に真っ二つに割れるようで、中身の粉が取り出された半球状の殻が大量にゴミとして捨てられていた。なので持ってきた布に殻を大量に包ませてもらった。
「お代は?」
「ゴミだから只で良いぞ。それで、さっきの飴はどこで買えるんだ?」
「はい。この木札の店で売ってます。」
「あそこか。今度買いにいくよ。」
「ありがとうございます!」
工場長も良い人だった。小田さんはこの街の事を酷く言っていたが、良い人ばかりだと思う。
さて、殻が手に入ったら、次はこの殻をどうやって固定するかだ。さすがにこの殻一個一個に溶けた飴を流し込むのは大変だ。並べて固定してまとめて流し込めるようにしたい。イメージとしては粘土だ。粘土の表面に殻を並べて埋め込み固めたい。粘土と言えば、陶器の工房だな。ついでに工場長に聞いてみよう。
「すみません。この近くに陶器の工房はありますか?」
「ああ、この辺りは工業街だからな。」
「場所を教えてください。」
「うちを出たら右へ・・・」
工場長に道を教わり、別れを告げてから教わった工房へと向かった。
「あん?粘土を分けてくれ?」
スキンヘッドで強面の陶器工房の棟梁に粘土を分けて欲しいと頼むと凄い形相で睨みつけてきた。
「何に使うんだ?」
皆さんそれを気にするんだね。粉屋の工場長のにした説明を再びした。飴も1個あげると相好を崩して、
「美味いじゃねぇか。これを流し込む型が欲しいんだな?よし。俺が作ってやろう!」
あのー。粘土を分けてくれればそれでいいんですけど。とは言い出せない。強面工房頭がやる気になってしまったのなら俺に止める術はない。工場長、すみません。貰った殻は無駄になりそうです。
「明日にはできる。取りに来な。」
「あのー。お代は?」
「おお、そうだな。物を見てからでいいが、1万円でどうだ?」
「あっ、はい。それではお願いします。今払った方が良いですか?」
「物を見てからでいいって。」
「分かりました。ところで、飴の評判が随分いいようなのですが、似たような食べ物って無いんですか?」
「そりゃあお前、この街で甘い物と言ったら芋か果物くらいしか無いからな。珍しいからみんな欲しがるんだろうよ。」
「蜂蜜とかは取れないのでしょうか?」
「聞いたことが無いな。」
「ありがとうございます。参考になります。では、明日また来ますのでよろしくお願いします。」
「おうよ!」
何だか予定と違ったが、話はまとまったので工房を後にした。どんな物を作ってくれるつもりなのか分からないが、工房頭を信じよう。
木札を乾物屋のおっさんに返してから拠点へと戻る。
想定よりも時間を食ってしまった。森に帰るとお昼を過ぎていた。
七菜さんが昼食を俺の分だけ取り分けてくれてあったので一人で食べた。
甘野さんと井家田さんはホームに籠っているらしい。他のみんなは近隣の探索に出ているそうだ。七菜さんは留守番。
多分七菜さんは俺を待ってくれていたのだろう。ありがとう。




