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みんなの所に戻ると甘野さんと井家田さんは【ホームへの扉】の中に入って貰い、探索を再開した。台地周辺は木々が薄くて歩きやすいため、台地の北端までは崖に沿って進んだが3つ目のプレートは見つからなかった。台地の円周の約半分しか見ていないので他にもあるだろうが調査は後回しだ。
木々の生い茂る森に入ると途端に移動速度が低下する。全員の靴が探索に適した物に変わったので異世界転移した初日ほどは苦労しないが、たいへんなことに変わりはない。疲労が溜まり、自然と全員の口数が少なくなっていった。モンスターとの遭遇などもあり遅々とした歩みではあるが着実に北へと進み、日が暮れ始めた頃に遂に変化が表われた。
ガラスの様に透明な壁が森を分断するように建っているように見える。壁は手で触れられて硬質な感触を伝えるが、熱は感じられない。ナイフを突き立てようとするとすり抜ける。石を投げてもすり抜ける。人の移動だけを妨げるバリアの様だ。バリアは【鳥瞰図】には映らない。
「森からは出られないようにバリアが張られているみたいだね。目視はできるからバリアの向こう側の物を【マーキング】して転移できるか試してみるよ。誰か一緒に転移できるか試そうか?」
「ん。私の場所。」
雪さんが手を上げた。俺の背中は雪さんの場所らしい。【転移対象拡大】のスキルを持っているし、この中で一番小柄だから背負いやすいというのもある。あながち間違いではない。
先ずはバリアの手前にある木を【マーキング】しておき、続いてバリアの向こう側にある岩を【マーキング】して雪さんを背負うと準備完了。
「それじゃあ行くよ。【トランスポート】、93番。」
小石が俺の手の平に創造されて瞬時に消えると、俺も一緒に転移した。だが背中にあった温もりが消えている。
「雪さんは一緒に転移しなかったね。何か警告あった?」
「囚われの森の外には転移できないって。」
「つまり、このバリアの外が囚われの森の外ってことだね。どう見ても森が続いているけど、違う森ってことなのかな。それとも少ししたら森が終わるとか。ちょっとだけ先を見てこようかな。この先は俺だけしか行けないからみんなはもう帰る?」
俺の問いかけに七菜さんが答えてくれた。
「森の端の様子を甘野さんと井家田さんにも見せておきましょう。後から文句を言われても困りますので。その後、美咲さんだけ残して【ホームへの扉】に入れば帰りの移動が楽ですよね。拠点に戻ったら【ホームへの扉】を開き直して貰えば移動完了ですので。」
「OK。それじゃあ俺は先に進むけど、みんなは甘野さんと井家田さんにここを見せたらそのままホームの中で待ってて。」
みんなに背を向けて森の外へと歩き始めてからふと気づく。
俺は呪いには掛かってないけどバリアは通れなかったな。バリアは呪いとは関係ないのか。それはそうか。転移で森から脱出しようとしたから呪いを掛けられたのであって、歩いて出られないようにする対策は呪いを掛けられる前からしてあるはずだよな。つまりこのバリアは呪いとは関係なく人を通さないためのバリアだな。だからどうしたって話だが。
さて、甘野さんたちについてはみんなに任せて俺は森の外の更に北へと向かう。
木々の合間に岩が目立つようになってきて、徐々にその密度を増し、最終的には木々が無くなり岩だらけとなった。バリアは森から出られないように、森の終わりの少し内側に張られているということだろう。
森を抜けたことで見晴らしが良くなった。北側は斜度の低い岩山だ。少し登って上から森を見てみよう。
日が暮れてきた。山を登って森の木よりも視線が高くなったので西に日が沈んでいくのが見える。西にはまだまだ森が広がっており、森の木々の中に真っ赤な太陽が落ちていくように見える。この世界に来てからずっと森の中だったので夕日が地平線に沈むのを見るのは初めてのことだった。夕日が綺麗だからいつか美咲さんも森を出られるようになったら一緒に見に来ようと思った。
それはさておき、この世界でも太陽は西に沈み、夕日は赤いということについて考察が必要だろう。地球において太陽が沈むのは、地球が自転しているからだ。そして夕日が赤いのは、夕日の方が空気層内を通過する経路長が長くなり、空気層で散乱し難い赤い光が多く届くからだ。この世界でも地球と同じ物理現象が観測できるというのに、スキルという物理現象を一切無視した現象もあるというのだから不思議だ。地球の物理現象なんか一切無視だ!だって異世界だもの。という方がスッキリするのに、モヤモヤするなぁ。
暗くなってしまったがもう少し森の外の様子を見ておきたい。月明かりだけでも活動は可能だ。この世界の月の方が大きくて明るい気がする。月の大きさや明るさなんてはっきりとは覚えていないけど。
しばらく進んだところで森の外で初のモンスターと遭遇。やっぱり森の外にもいるのか。
でも初めて見るモンスターだ。見た目はストーンゴーレム。見た目は強そうだったが、【自滅】スキルを使ったら倒れて砕けたから強いかは分からない。
もう少し進むと岩が減ってきて間に草が見えるようになってきた。さらに進むと草の割合が上がってきた。そして、幸運が舞い降りた。




