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かくれんぼ岩

作者: 狩瀬G2

「ふーん、ふふ〜ん」


「おいー、かくれんぼ中に鬼がサボんなよー」


「あれ、フーちゃんめっけ」


「めっけじゃねーよ、ベーやん始まってから石の上動いてねーだろー」


「あり?バレちった?」


「皆隠れてんだぜー?多分アベちゃん訳分かんねーとこ隠れてっからまたぜってー漏らすぜ、つーか漏らしてもかくれんぼ続けるアベちゃんもこえーわ」


「ふんふんふん〜」


「いや聞けよ!」


「フーちゃん代わりに捜してよー」


「ルール変わっちゃうだろー」


「こんなに天気がいいと歌いたくなっちゃうんだよね」


「そういやさっきから歌ってる曲なんつーの?」


「青空を見たら歌いたくなる曲」


「題名を聞いたんだよ…」





 この街には"かくれんぼ岩"というものが存在していた。山の上にある現在は使用されていない小学校、何故取り壊されないのか不思議な程、使用されなくなってから随分な時が経過した雰囲気たっぷりな小学校であった。


 その小学校の校舎裏、端の方に草木に隠れるように岩が置いてあった。学校ができる前からそこにあったのか、学校ができてからそこに置かれたのか、廃校になったあとに置かれたものなのか、それは誰にもわからなかった。


 岩の大きさは大体150cm程で、灰色に黒が混ざったような見た目をしていた。


 当然草木に隠れるように置かれてあるから"かくれんぼ岩"と呼ばれている訳ではない。その岩に近づくと声が聞こえるのだ。


『もーいーかーい』


 それは少女の様な声色であった、もしその声を聞いてしまっても"まーだだよー"と応えれば特別何かが起こるという事はない、ただその場に留まり続けると再び


『もーいーかーい』


 の問が続くだけ、奇妙ではあるが害はない為、肝試しに訪れる若者が定期的に現れる程度の、初心者でも楽しめる心霊スポットと認識する者が多い、そんな岩であった。


 しかしながら、注意しなければならない事もある。"もーいーかーい"の問に対し、"もーいーよー"と応えてはならない、もし、"もーいーよー"と応えてしまった人は、いつの間にか廃校舎の中におり、そこでかくれんぼを行うのだが、万が一かくれんぼ岩の幽霊に見つかってしまうと殺されてしまう…らしい。


「と言う訳で、今回我々オカルト研究会が行うのは、かくれんぼ岩に"もーいーよー"と返事をしてみよう実験だ!」


「力強くおっしゃいますがね、それ絶対死ぬやつでしょ」


「噂を解明したいじゃないか、それがオカルト研究会ってものだろう?」


「怖い話を、コワイネー、なんて言いながら楽しむのがオカ研の活動だと思ってましたが?」


「ぬるいわ!そんなのVRでバンジーしてるようなものだよ!」


「安全でいいじゃないですか…」


「兎に角!活動実績が必要なのだよ!レポートを提出しなければ学校から活動用のマネーが頂けないんだ!」


「うちの同好会ってそんな仕組みでお金貰えてたんですね」


「研究会だ。キミは何も知らないで副研究会長をしていたのか。それでは売上に一切関心のないアルバイトと同じだぞ?」


「でも私は会長と違って実際にアルバイトしてますよ」


「…話が脱線しているぞ、今はかくれんぼ岩の話だろう」


「活動レポートなら実際に行かなくても書けるでしょ」


「今までは実際に行かなくて書いてたんだよ…ただ最近は現地の写真を添付するように言われててだな」


「活動してないのがバレたんですね」


「その通りだよ!この際岩に返事はしなくていいから、とりあえず現地行ってツーショット写真を収めて帰ろう」


「今からですか?もう夕方ですよ?」


「肝試しなんだから夜行かないと意味無いだろう。そもそも岩も夜じゃなきゃ喋らんらしい」


「うら若き乙女が夜間出歩くのはちょっと…」


「やかましい、キミ成人して何年経ってると思ってるんだ」


「まだ3年です!会長こそ成人して何年経ってるんでしたっけ?」


「ふふん、5年だとも。年上の言う事は素直に聞くものだぞ?」


「今時年功序列を持ち出してくるなんて驚きです」


「こんなやり取りをしている間に日が暮れてしまうぞ。帰りに何かご馳走するから」


「私今日魚の気分なんです。回転してるやつでいいですから。ぱっと行って写真撮ってちゃっと帰りましょう!」


「現金な奴め」





 某日某所


『もーいーかーい!』


『もーいーよー!』


「さぁ始まりました第34回全国かくれんぼ大会!今回は3階建てデパートを1日お借りしての開催でございます!出場選手108名に対し鬼役は僅か5名!果たして制限時間内に鬼は全て探し出す事が出来るのか!?はたまた出場選手が見事隠れきる事が出来るのか!?司会は私服部と、解説はお馴染み百地先生でお送り致します。いやぁ始まりましたね百地先生!」


「そうですねぇ、今年は子供の参加者が増えておりますので、それが吉と出るか凶と出るか。非常に楽しみですね」


「そうですね、昨年の鬼役である明智さんはまだ中学生でしたが、鬼役に相応しい鬼神の如き勢いで参加者の9割を一人で見つけ出しましたからね。」


「そうなんです。昨年の事があり、やはりかくれんぼは子供こそが真価を発揮するのだと言う事がよくわかりましたね。今年は明智さんが受験ということで不参加なのが非常に残念です…」


4時間後


「タイムリミットを迎え1時間が経過しましたが、1名の参加者が未だ見つかっておりません。監視カメラの映像を確認したところ屋外へは出ていないようですが、大会終了のアナウンスを度々行っているにも関わらず彼が姿を表す様子は一向にありません」


「しょーちゃんはかくれんぼの天才なんだ。もう終わりとか降参って言っても騙されてると思って自分からは絶対出て来ないんだ」


「ここで未だ見つからぬ参加者の友人であり、タイムリミットまで見つかることの無かった今大会の優勝者、浜田慎吾君にお越しいただいております」


「しょーちゃんに出て来てもらう方法は1つしかないよ」


「どうやら1つだけ方法があるそうです!慎吾君!その方法を教えてくれませんか!?」


「それはね、オバサンがご飯だぞーって怒鳴ったときさ」





 家族で食卓を囲み夕飯を食べながら、テレビから流れるニュースキャスターの淡々とした声になんとなく耳を傾けていると、最近行方不明者の数が増えているという実に物騒な内容が報道されていた。


『行方不明になっている2名は、大学のオカルト研究会に所属しており、警察は、研究会の活動中に何らかの事件に巻き込まれた可能性があると見て捜査を進めています』


「最近は物騒になったなぁ」


「父ちゃん!あれだよ!かくれんぼ岩の幽霊に連れて行かれたんだよ!」


「何言ってんだいこの子は!そんなもん居る訳ないだろう!」


「かーちゃんは知らねーのかよー。かくれんぼ岩の幽霊はホントに居るんだぜ。6年生のあっちゃんも声聞いたって言ってたぜ!」


「小学生が一人であんな山ん中に行けるわけ無いだろう!」


「ははは、そうだな。廃校舎の道は険しいからな。昔の子供たちはよくあんな山の上に通えたもんだよ」


「父ちゃんも信じてないのかよ!」


『最後に2名が目撃されたのは、尾ケ暮山麓のコンビニエンスストアで、防犯カメラの映像からも、二人が尾ケ暮山方面へ向かっていることが伺えます』


「ほらー!やっぱかくれんぼ岩の幽霊だよ!」


「あの山は昔、子隠れ山とも呼ばれておったんじゃ」


「うわっ!ばーちゃんいつの間に!?寝てたんじゃないのかよっ!」


「あら母さん、どうしたの?」


「寝とったけどなぁ、騒がしゅうて起きてしもうたんじゃわ」


「お義母さんすみませんでした、勝には僕から言って聞かせますので…」


「まったく、誰に似たんじゃろうなぁ、うちの娘はお淑やかじゃあいうのに…」


「きっとお父さんだわね!」


「「なははははは!がははははは!」」


 苦虫を噛み潰したような顔をする父と息子をよそに、母と祖母の豪快な笑い声が食卓に響いた





 ある日の放課後、小学5年生の教室で2人の児童がかくれんぼ岩について話をしていた。


「父ちゃんもかーちゃんも信じてないんだよなぁ」


「家もそうだよ、最近の行方不明者はみんなかくれんぼ岩の幽霊に連れて行かれたんだって言っても全然だよ」


「だよなー…なぁ俺らでかくれんぼ岩行ってみん?」


「僕たちだけで!?無理だよー!」


「えー、信ちゃんビビってんのー?」


「ビビってないし!親が居るのに夜家抜け出せるわけないじゃん!」


「今から帰らなきゃいいだけだろー」


「心配かけると普通に外出禁止になるよ…」


「信ちゃんちキビシーもんなー」


「それに僕ら道知らないでしょ?」


「それなら6年生のあっちゃん誘えば?かくれんぼ岩の声聞いたって言ってたぜ」


「そっか!6年生がいれば安心だもんね!」


「信ちゃん急に元気になるのな。まぁいいや、俺らかくれんぼ大会でもトップツーだったし!かくれんぼ岩の幽霊にも楽勝っしょ!」


「行くだけじゃなくてかくれんぼもするの!?」


「逆に行くだけでどーすんだよ」


「確かに…あっ写真とか声録音するとかどう?」


「じゃあ動画でいいじゃん。信ちゃんスマホ持ってるじゃん」


「そしたら僕絶対行かなきゃ駄目じゃん」


「あったりまえだろ!ドタキャンするつもりだったな?」


「そ、そんなこと無いよ…そ、そうだ!今からあっちゃん誘いに行こうか」


「おー!行こうぜ!部活やってっから体育館行きゃまだ間に合うだろ!」




 放課後の部室、少女が3人机をくっつけ合わせ、何やら問題集を解きながら会話をしていた。


「また行方不明者出たらしいよー」


「あれっしょ!今度は小学生が3人ってやつでしょ?最近ホントヤバくない?」


「ヤバイよねー、ウチら3人も超可愛いし身の危険感じるよねー」


「やっぱりあの噂…本当なのかな?」


「なにー?あの噂ってなになにー?」


「ほら、あれっしょ。かくれんぼ岩」


「うん…かくれんぼ岩の幽霊とかくれんぼして、もし見つかったら殺されちゃうってやつ…」


「なになにー、みっちゃん幽霊信じてる系?ウケるんだけど」


「あれっしょ、もしみっちゃんもかくれんぼしたら絶対すぐ見つかるやつっしょ」


「みっちゃん隠れるの超下手だもんねー。なんか手とか頭とかお尻出てたりしてたもんねー」


「そ、そんなこと無いよ!私かくれんぼなら自信あるもん!」


「いやみっちゃん秒で見つかるっしょ」


「誰にでも得意不得意ってあるからねー。別にかくれんぼでムキにならなくても良いんじゃなーい?」


「みっちゃんなんか特技あったっけ?なんか器用貧乏?ある程度できるけどなんか抜けてるじゃん?」


「私だって…特技くらいあるよ」


「それがかくれんぼな訳ー?でも実際秒で見つかってたの何度か見たよー?」


「そんなに信じられないなら証明する…」


「「…ん?」」


「私…かくれんぼ岩の幽霊に挑戦してみる!」


「無理に決まってるっしょ」


「受験ノイローゼ?私みっちゃんと会えなくなるの嫌だよー?」


「ウチも嫌に決まってるっしょ、クラスメイトよりこのボランティアサークルのメンバーの方が好きだし」


「そうそう、次の土曜は今年最後のボランティア活動あるしー、保育園で園児相手にかくれんぼしたらいいじゃーん」


「子供達にも、幽霊に勝ったお姉ちゃんって感じで尊敬して貰いたいもん」


「みっちゃん毎回子供に振り回されてるもんねー」


「だからって努力の方向性間違ってるっしょ」


「ほらー、もう時間だよー。皆で答え合わせするよー」


「私だって…お姉ちゃんだもん…」


 少女の呟きは答え合わせに夢中な学友の耳には届かなかった。





 夜8時頃、一人の少女がかくれんぼ岩を訪れた。少女は震える足を1歩、また1歩と少しずつ岩へ向けて前進させていた。


(私なら出来る…!)


 少女の決意は固かった、幽霊に対する恐怖心は人並み以上に持ち合わせていたが、それでも少女にはここへ来なければならない理由があった。少女は見かけによらず非常にプライドが高く、自身のかくれんぼへの才能を周囲に認めさせたかった。


(さぁ、言うぞ…)


 かくれんぼ岩の前へ辿り着いた少女は、胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸をしてから、真っ直ぐに岩を見つめた。


『もーいーかーい』


『………もーいーよー』


 応える少女の声はうわずり、戸惑いと不安が入り混じっていることが伺えた。


 気がつくと少女は廃校舎の中にいた、どうやら教室の中のようだ。ギシッ…ギシッ…と木製の廊下が鳴る、校舎内は長年放置されていたただけあって至るところが傷んでおり、椅子や机は散乱し、床には穴が空いているところまであった。


 教室の開け放たれた扉から少しだけ顔を出し、音のする方をそっと覗いてみる。そこには少女よりも長身のセーラー服姿の少女が、自らの身体をペタペタと触り、キョロキョロとその場で辺りを見回した後、にんまりと笑みを浮かべる様子が伺えた。


 あのセーラー服の少女が鬼だ!少女はそう本能的に感じ取った。鬼に見つかってはならない、もし見つかれば自分という存在は消えてしまうに違いない、"かもしれない"ではなく"違いない"と彼女は確信した。


 それが何故なのかはわからない、少女にとっても初めての経験であった。今まで幾度となくかくれんぼを経験してきたが、今回はまるで異質であると、急いで隠れなければと少女の中の何かが必死に告げるのである。


(早くここから離れたい…でも床は木製、動けば音がなる。鬼が移動するのを待つしかない…)


 鬼の様子を伺うのは最初の1度だけ、あとはひたすら息を殺し、鬼が離れるのを待つしかなかった。ギシッ…ギシッ…と床の鳴る音が聞こえる、幸い音は少女の居る教室からは遠ざかっているようだった。


(よし…このまま音が小さくなるのを待とう、耳を澄ませても音が聞こえなくなってから移動しないと…)


 どれだけの時間が経過したであろう、それは1分程の短い時間だったかもしれない、しかし隠れている少女にとっては1時間にも、2時間にも感じられた。ようやく耳を澄ませても音が聞こえなくなった。いよいよ移動の開始であるが、念の為扉から再び顔を覗かせ、音の消えた方を伺ってみる。


 セーラー服の少女は一歩もそこから動いていなかった!猫背気味に背中を丸め、垂れ下がった前髪で目元は見えなかったが、口にはニヤニヤとした笑みを浮かべ辺りを見回していた。


(移動したと思わせる為にその場で足踏みしていたの!?)


 辺りを見回す鬼に姿を見られる前にすぐさま顔を引っ込め、一番近くにあった机の下に身を潜めた。


(危なかった…たまたま反対側を向いていたけど…こっちを見ていたら見つかってた…)


 少女が安堵し、ホッと胸を撫で下ろした次の瞬間。バタバタバタ!っと廊下を走る音が聞こえてきた。一瞬見つかったのかと思い、机の下でじっと息を殺して窓を注視していると、鬼が少女の潜む教室前を駆け抜ける姿が目に映った。何か見つけたのだろうか?再び少女は音を立てないよう慎重に扉まで移動し、鬼が過ぎ去った方向へ目を向けると、鬼は廊下にピッタリと片耳をつけ、階下の音を聞き取ろうとしている様子であった。


(もし私が下の階にいたとして、いきなり上の階からバタバタと駆け抜ける音が聞こえたら、ビックリして思わず声が出てしまうかもしれない、もしくは隠れてる場所に近づかれるのを嫌って移動してしまうかもしれない…そんな些細な音を聞き漏らさないように彼女は廊下に耳をつけているの…?)


「ふふふっ、下にはいないのかな?じゃあこの階にいるのかしら?」


 鬼は不敵に笑いつつ独り言を洩らしたかと思うと、突然ぐるんっ!とこちら側に振り返った!幸い廊下は月明かりに照らされて明るいが、少女の隠れている教室までは光が入っておらず、鬼側から少女の姿は暗闇に紛れて確認する事ができていない様子であった。


(ひっ!なんなのあの鬼!あんなのバケモノじゃない!)


「念の為降りてみようかな〜」


 鬼はそう明るく呟くと、忍ぶ素振りも見せずにギシギシと大きな音を立てながら階下へと姿を消した。


(しばらく安全にはなったかのな…でも鬼が下に降りたってことはここは1階じゃないのね…これじゃあ窓から出る訳にもいかないなぁ…)


 少女がこれからどう動こうかと思案していると、階下からまたもやドタドタドタドタ!と廊下を走る音が聞こえてきた。


(きっと同じ事をしてるんだ…ならここは3階?とりあえず今のうちに移動しよう。音の過ぎ去った方向とは逆の階段へ移動して、もし鬼が上がってきても入れ違いに下へ降りられるようにしておかないと…)


 鬼は2つ下の階にいるとはいえど、少女はできうる限り音を立てないよう慎重に移動を開始した。教室同様に廊下も所々穴が空いており、この廊下を走り抜けた鬼の異常な身体能力に少女は益々恐怖した。


 ゆっくりと時間をかけて階段へと辿り着いた少女は、2階へすぐに移動できるよう数段降りたところで姿勢を低くし待機する。そんな折またもや階下からバタバタ走る音が聞こえたが、先程よりも音はずっと遠かった。きっと1階を同じように駆け抜けているのだろう。しかしここで予想外の事態が発生した、バタバタと走る音が止まらないのだ!丁度少女が移動した階段の下の方からドタドタドタドタッ!っと階段を駆け上がる音が聞こえてくる。


(バレた!?ううん…そんなはずない…でも実際に上がってきてる!早く隠れないと見つかっちゃう!)


 鬼は何段か飛ばしながら勢い良く階段を駆け上がり、とうとう3階まで登りきった。


「うーん、ここで鉢合わせるかなぁって思ったけど。まぁいいや、すぐ見つかるようじゃ意味ないしね」


 そう言うと鬼は踵を返し、またもや階段を下る、今度はゆっくりと。数段降りたところで1度立ち止まり、俯きながら何やら思案しているかと思うと、バッ!と顔を上げ目を見開き、ニンマリと満面の笑みを浮かべると、鼻歌交じりにゆっくりと2階へと降りていった。


(危なかった…旧校舎が木造で良かった…所々が壊れていて本当に良かった…)


 鬼が去ったあと、階段の段と段の間にある板、いわゆる蹴込板と呼ばれる場所から少女の呼吸音が聞こえた。鬼が居る間息をするのを忘れていたのだろう、苦しそうにはぁはぁと荒い呼吸を繰り返し、何度かの深呼吸を終えようやく息が整った。


 蹴込板が外れたのは偶然であった。早く身を隠さなければと焦る少女は、急いで階段を登ろうとし、そして足を滑らせた。その際丁度蹴込板に手を付く形になり、板はそのまま外れてしまったのだ。そこは体の小さな少女がギリギリ入り込める隙間であり、階段には窓がなく完全なる闇である事も少女の味方をした。至近距離でも目を凝らさなければ見つかることはまず無いだろう。


(ここに隠れてからどれくらい経ったんだろう…鬼は今どこにいるんだろう…)


 不思議なことにあれだけドタバタと移動していた鬼の動く音が聞こえてこない、1階から虱潰しに探しているのだろうか?


(いくらいろんな部屋を捜しても見つからないのに…)


 安全地帯を見つけ、少女の心に少しばかりの余裕が出てきた。


(ここに居れば絶対に見つからない…あとはかくれんぼが終わるのを待つだけ………あれ?)


 心に余裕ができ、冷静に思考する時間が、少女に1つ残酷な事実を気付かせてしまった。そう、かくれんぼが終わるのは…


(このかくれんぼに制限時間なんてない…私が見つかるまで永遠に続くんだ…鬼は何時間でも…何日でも…何年でも探し続ければいい…)


「ら〜ら〜ら〜」


 少女が絶望していると、遠くから鬼の鼻歌が聞こえてきた。そしてその歌はどんどんと少女の方へと近付いてくるのに気が付いた。


(あぁ、あの曲はなんて曲だったろう…)


 2階へと降りていったあの時から、鬼は同じ曲を延々と歌い続けていたのだろうか。


『そういやさっきから歌ってる曲なんつーの?』


『青空を見たら歌いたくなる曲』


『題名を聞いたんだよ…』


 少女の脳裏に、いつのことだかわからない程昔の記憶が蘇る。


『この曲って凄いよ、歌ってると楽しくなるんだ』


『なんか授業で聞いた曲なんだよなー』


『ベーやん音楽の授業真面目に受けてないもんね』


『あの先生が苦手なんだよ、すげー声高いじゃん?』


『ふふふふ〜』


『そろそろ題名教えろー、モヤモヤするー』


『ははっ、ごめんごめん、この曲はね…』


(あぁ、思い出した…鬼が歌ってる曲、あの時男の子が歌ってた曲だ…)


「らんっらら〜」


 少女がいつだったかもわからない曖昧でおぼろげな記憶を、ただぼんやりと思い起こしているこの時も、鬼は1歩、また1歩と少女の隠れる階段に近付いてくる。


(どうせ見つかるまで終わらないなら…このまま隠れ続けたって意味なんかないんだ…いっそ出て行っちゃおうかな…)


『これは決して諦めない革命の歌なんだ』


(そうか…諦めちゃ駄目だ…)


『この青空のように自由になる為の歌なんだよ』


(そう…私は自由になるんだ…!鬼が諦めるまで、私は諦めない!鬼が降参すれば…きっとこのかくれんぼも終わるんだ!)


 ギシ…ギシ…と鬼の足音が階段をゆっくりと登る音がする。鬼は目を大きく見開き、満面の笑みを浮かべ、鼻歌を口ずさみながら少女の隠れる段を越えてゆく。


「らんらららんらん〜」


(良かった…まだ気づかれてない…)


「ら〜らら、らららら〜」


 鬼は階段を昇り切ると、その場で歌を歌い続けた。


『手を取り歓呼の叫びをあげよー』


 鬼はくるりと踵を返し、再び階段を下りてゆく。気がつくと少女も心の中で、鬼と同じ曲を口ずさんでいた。


(集いて歌わん…歓喜の歌を)


 鬼がまたもや少女の隠れる段を通過して行く。そのまま踊り場へ降り立ち止まった鬼は、両手を広げまるで青空を仰ぎ見るように虚空を見つめていた。


(歓喜の歌を…歌を…歌…歌)


 鬼はぐるりと身体ごと振り返り、少女の隠れる蹴込板を真っ直ぐに見据え、今までの狂気に満ちた笑みとは違う、聖母のような柔らかな表情で微笑んだ。そして少女に対しかくれんぼの終わりを告げたのだった。




「かくれんぼ岩の幽霊みーつけたっ」

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