三話 学園と第一王子と鈍感主人公
王都の学園は中等部と高等部に分かれており、リタお嬢様はまず中等部に入った。
ゲームで見たまんまの学園校舎を前に、俺はやや不安になった。
(ゲーム開始は高等部から。未だ三年あるし、大丈夫だとは思うんだけど…)
悪堕ちしなかったお嬢様は品行方正に育ち、婚約者である第一王子との関係も良好であった。
(このお嬢様が虐めを働いたり、あまつさえ闇市で家紋入りの指輪を売り払い、秘密裏に毒薬を購入して、主人公ヒロインを殺そうとしたあげく、事が露見して無様に失敗する、なんて考えられない)
公爵家の名に泥を塗り、断罪されて僻地幽閉などという可能性は限りなくゼロに近い。
(唯一懸念があるとすれば、最近婚約の話をすると若干元気が無くなることくらいだが…)
とはいえ、お嬢様は未だ十三歳である。
貴族社会は早婚がデフォルトだが、歳を考えればお嬢様が結婚に前向きになれなくても不思議はない。
「王都の邸に着いたら、今日は一日暇でしょ?それならリバーシしてもいいわよね?」
「残念ながら、私は護衛の仕事があります」
「もう、どうしてンバーグはそんなに真面目なの!」
「代わりにトランプと雀卓出すので、それで遊んでいて下さい」
「え、本当!」
トランプと雀牌は量産が難しかったため、公爵家秘伝の遊戯と化していた。
なお、出しっぱなしにすると仕事に支障が出るとのことで、毎回俺が出したり引っ込めたりしている。
「カコーラ!王都邸の使用人全員に通達を出して!今日は麻雀大会だわ!」
「かしこまりました!」
ちなみに、お嬢様はその日焼き鳥になった。
「まだよ…!まだ舞える…!まだここで国士無双を上がれば逆転が…!」
「ロン!リーチ一発平和ドラドラ!」
「イヤアアアアアアアア!!」
その後、お嬢様は学園に入った。
初めの頃は不安だったので四六時中お嬢様の側を離れなかったが、特に問題も起こらず、またお嬢様から不興を買ったのでやめた。
「いくら護衛といっても至る所に着いてこられては困ります!どうしたというのです。も、もしや、私のことが好きなのですか…?」
「まさか!神に誓ってそのような気持ちは毛頭ございません!」
「か、神様に誓わなくてもいいじゃない!馬鹿!」
そうして中等部の三年間は穏やかに過ぎていった。
十五歳になったお嬢様は、学園では極めて優秀な生徒となっていた。
どれくらい優秀かといえば、同学年に第一王子がいるにも関わらず、代表挨拶をお嬢様が行うほどであった。
「素晴らしい挨拶だったよ、リタ。高等部でも互いに高め合える関係でいたいね」
冬の初めに終業式が行われ、その帰り際に第一王子殿下がやって来た。
第一王子殿下は短い青髪が目を引く爽やかイケメンだ。
「ありがとうございます、殿下」
「ところで、この後は時間あるだろうか?一緒にお茶でもどうかな」
「申し訳ございません。今日は家の者達がお祝いの用意をしておりまして」
「そ、そうか…」
殿下はガックリと肩を落とした。
不憫に思った俺は、殿下に助け舟を出した。
「お嬢様、家でのお祝いは別日に致しましょう」
「ンバーグ!」
「本当か!」
断る理由が無くなったお嬢様は、渋々ながら殿下の誘いを受けた。
殿下に手を引かれ馬車に乗り込んでいく途中、もの凄い眼光でこちらを睨んできたが、全てはお嬢様のため。
殿下はイケメンなだけでなく、人柄も良く、頭も良い。
殿下と結婚することがお嬢様にとって最良の選択肢のはずだ。
(高等部入学前に好感度はカンストさせねば)
その日の茶会の間中、殿下は大層ご機嫌だった。
(よし、楽しく話せたな!)
だが、帰りの馬車の中でお嬢様はブンむくれていた。
「どうかなさいましたか?」
「…楽しみにしていたのに」
「家のパーティーですか?それほど楽しみなら明日にでも用意致しましょうか?」
それで万事解決では?と思ったのだが、お嬢様は長々と溜息を吐いた。
「朴念仁」
それから数日後、公爵様が王都邸を訪れた。
公爵様の命令で、俺はお嬢様の専属騎士から外れることになった。
それは高等部入学の四ヶ月前の出来事であった。
◇◇◇◇◇
「どういうことですか、お父様!」
「はしたないぞ、リタ。公爵令嬢が声など荒げるものではない」
私は書斎でお父様を問い詰めた。
「どうしてンバーグを私の専属から外したのですか!?」
「我が領地内でダンジョンが見つかったのだ。彼にはダンジョン攻略の先頭指揮を執ってもらう」
『ダンジョン』とは極端に魔力が濃い場所のことを言う。
魔力が濃いと魔物が強力になりやすく、そのためダンジョン攻略には迅速さが求められる。
「しかし、ダンジョン攻略なら冒険者の仕事では?」
「普通のダンジョンならばそうだが、このダンジョンは発生から四年以上経過していると推測されている」
ゴールデンボンバー公爵領にダンジョンがある、という噂は以前からあった。
三年前の地竜などもそうだが、公爵領では度々強力な魔物が確認されていたから。
「あれからもう四年が経つのだな…」
お父様は目を細めて遠くを見た。
私にはお父様の考えていることが分かった。
四年前、ンバーグに助けられたあの日のことを思い出しているのだ。
「あの日から起算して四年ということですか…」
数年放置されたダンジョンは魔窟と化す。
過去には、十年放置されたダンジョンから魔王が現れ世界が滅びかけた、という記録もあった。
「そういう話であれば、念のためンバーグを派遣するということにも納得は出来ます。では、ダンジョン攻略後は私の元に戻ってくるのですね?」
「いや。私かルボナーラの専属騎士になってもらう」
「なっ!?」
ルボナーラは公爵家の長男、つまり私の兄の名だ。
「どうして!?」
「ダンジョン攻略は建前上の理由だ。本当の理由は、お前が彼と良からぬ関係になっていると報告があったからだ」
「っ!!」
「心当たりがあるようだな」
私は何も言い返せなかった。
その沈黙が何より雄弁な答えだった。
お父様は深く溜息を吐いた。
「…ま、未だ、そのような関係にはなっていません」
「それは分かっている。報告書にも『ンバーグが鈍感過ぎてお嬢様が不憫だった』と書かれている」
「うっ」
隠していたつもりだったけれど、私がンバーグを慕っていることは周囲の目には明らかだったらしい。
知らぬは当のンバーグばかり。
「全く、相手が彼でなければどうなっていたことか。ダンジョン攻略から戻ってきたら、彼にも見合いか何か受けさせようか…」
「そ、そんな!」
「そんなではない!お前は殿下の婚約者なのだぞ。それが家臣の一騎士に恋慕しているなど、あってはならないことだ」
「…分かっています。でも…」
分かってはいる。
この婚約は公爵家にとっても重要な話。
私が王家に嫁ぐことで、公爵家の力は更に大きくなる。
個人的な感情で棒に振って良いような話ではない。
それでも。
好きになった気持ちはどうにも出来ない。
彼は強く、格好良く、元平民とは思えないほど礼儀も知識もある。
何より、最愛の父の命を救ってくれた人なのだ。
「リタ、諦めなさい。彼は優秀な男だが、それでも元平民だ。公爵家長女の相手にはならないのだ」
「…はい」
「分かれば良い。ンバーグは明日出立する。彼にはダンジョン攻略の件しか伝えていないから、彼を想うなら、最後くらいは気丈に見送りなさい」
「…ンバーグは何か言っていましたか。私の騎士から外れると聞いて」
「…ああ。せめて高等部卒業までは専属騎士でいたいと言っていた。自分がいなくて大丈夫かと、大層不安がっていたよ」
その言葉は嬉しくもあり、また悲しくもあった。
(彼の中では、私は未だ子供のままなのかな…)
そう思うと胸の奥がジクジクと痛んで、一筋の涙が頬を伝っていった。
◇◇◇◇◇
~次回予告~
麻雀大会で優勝した執事長を待っていたのは、また麻雀だった。
萬子と筒子、索子と字牌をコンクリートミキサーにかけてぶちまけた、ここは雀卓。四角い宇宙。
次回『放銃』。
次回も、執事長と地獄に付き合ってもらう。